22



渡劉牙side


 屋上のドアの奥に白露、いや、椿が消えてから随分経ってから我に返った。


『先輩は、』


 不自然に途切れた言葉に首を傾げた。


『先輩は、ご飯食べたんですかぁ?』


 聞きたいことは、それじゃないだろう?言いたいことは、それじゃないだろう?


『白露?どうした』
『なんでもないよお?』


 返答ははぐらかすもので。


『白露』
『なんでもないってぇ』
『―――椿』


 未だはぐらかす椿を咎めるように名前を呼んだ。


『何があった。言いたいことがあるなら言え』


 しかし黙り込む椿。


『椿』
『なんでもないんです』


 驚いた。何がって、口調が違うとかではなく、それもあるがもっと。


『だから、いいんです』


 ―――表情が崩れたから。
 ヘラリとした笑みを浮かべていた顔にはもうその面影はなく、無表情に。だけどその目には色々な感情が掠めた。無表情になったことによって馬鹿っぽくも見えた顔が随分大人びて感じた。平凡な顔立ちだが綺麗だと俺は思った。


『“サヨウナラ”、先輩』


 そう言った声音は少し震えているようだった。何か深いものを抱えているのだろうか。「サヨウナラ」とは何を意味する?その言葉は何を思って吐き出したのか。
 隣の温もりがなくなった屋上で、静かに目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは、一瞬だけ見えた崩れそうな泣きそうな表情。いつまでも、瞼に焼きついた。

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