「―――椿」
「っ」
突然名前で呼ばれてビクリと肩が跳ねる。
「何があった。言いたい事があるなら言え」
逃さないとでもいうような意思の強い眼差し。その瞳が好きで、嫌いだ。美しくて透明で、汚れなんか知らない目。
僕は触れない。僕は汚れてしまっているから。汚されてしまったから。
「椿」
何も言わない僕に焦れるように名前を呼ばれる。
「なんでもないんです」
もう、あんな思いはしたくないから。もう、こんな思いはしたくないから。僕は心に蓋をする。二度と零れ出してこないように。美しい貴方に触れないように。
「だから、いいんです」
こんな思いをするくらいなら、いらない。大切なものなんて、最初から。鞄を左手に、ゴミと袋を右手に持って立ち上がった。
「“サヨウナラ”、先輩」
ドアを背に、聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう言い残した。
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