いつしか | ナノ


▼ 1つ

 緑が芽吹き柔らかな風が舞い上がる。クリーム色に塗られた少し古ぼけた校舎は、ところどころにスプレーの落書きが目立つ。普通の高校にしては少々ヤンチャな雰囲気が漂うが、それでも逸脱した高校ではない。生徒は皆、ある程度真面目である程度不真面目である。
 そんな校舎の一角。ある教室では淡々と授業が進められていた。教師はジャージを着込み、無精髭がチャームポイントのだるっとした印象を与える男。教科書を片手にチョークを持って黒板に公式を書き込むところを見ると、どうやら数学担当らしい。
 4時間目。校庭ではお揃いの体操着を着込んだ生徒の集団が走らされている。ところどころ茶髪が見えるがそこがご愛嬌。地毛だと言い張る少年少女達を、頭がプリンになった時には生徒指導室に引っ張り込もうとする教師の目が常日頃からランランとしている。それを承知している少年少女達は少ないお小遣いをやりくりして定期的に市販の染髪剤で染めているというのだから、大した根性だ。
 だらだらとジョギングする生徒達に活を入れるあの体育教師は生徒には不人気だ。高校生にもなって規則正しく協調性を育むなんてことはまっぴらごめんの生徒たちには、あの熱血ぶりは忌避するに値する。かく言うその校庭での面倒そうなやり取りを眺めていた教室の一番後ろの窓際の席というなんとも高ポイントでありながら居眠りに耐えねばならない位置にいる少年も、あの体育教師は好きではない。というよりも大嫌いである。
 少年、白露椿(しらつゆつばき)は面倒なことが至極嫌いだ。人間誰しもそうであるが、この少年の場合、世間一般で言われる面倒くさがりに”かなり”がつく。自他ともに認める、というやつだ。あの体育教師も嫌いだが、退屈なこの授業も嫌いだ。まあ、数学は割と好きな方だが。答えがひとつしかないのに方法がたくさんあるというのはなかなか面白い。気が向いた時はひとつの問題に対して、答えに辿り着く方法を何通り編み出せるかという難解なことをやるような、生粋の変人だ。基本的には公式さえ覚えておけば問題なんて解けるし、教科書見ればわかるから授業は受けなくても問題ないと思っている人間である。


「せんせー」
「何だ、天才クン」


 校庭の様子を見るのに飽きた少年は挙手をして教師を呼ぶ。この教師、このナリでいちクラスの担任である。ちなみにそれはこの2年E組のことだ。椿はこの教師のことは嫌いではない。嫌味ったらしく自分のことを”天才クン”だなんて呼ぶが、ノリが良いし本当に嫌味で言っているわけではないことを椿は知っている。嫌味というよりかはあだ名のようなものである。
 大概の教師は少年のことを嫌っている。問題視しているとも言える。その中で他の生徒と同じように扱うこの担任は、実はけっこう貴重な人なのだ。担任から好かれているとも思っていないが、嫌われているわけでもない。この絶妙な距離感が、椿はけっこう気に入っていた。

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