優しい黒魔女 | ナノ


▼ 006

 「そういえば、王城に行けば金持ちになれるだろうにマイコはどうして突っぱねるんだ?」


 グラジオラスは以前から疑問だったことを尋ねてみた。聞いても良いのか迷ったが、彼女は言いたくないことは言わないので構わないだろうと図々しくも口に出した。マイコはキョトリと目を瞬いて首を傾げる。


「私は別にお金に困っていないし、余り過ぎても使い道が分からないわ。それに望むのは平和な日々だけだもの」


 そこまで言って、マイコは「でも」と続けた。


「一般の人々の生活が今よりももっと豊かになってほしいとは思っているわ。魔具の流通は大貴族止まりだから、道のりは険しいけれど自分に出来る事をしたいのよ」
「…お前らしいな」


 呆れを含んだ声音に、マイコは微笑む。グラジオラスもきっと同じ考えなのだろう。彼が隠しているのかいないのかは分からないが、相当身分が高いはずだ。着ているものはパッと見では区別しにくいが質の良い高級な生地を使っている。
 どうしてこのようにひっそりと魔具屋を経営しているのか、正確な意図は分からないでも、一般人の生活が楽になるようにと願っていることは見て取れる。結局のところ、マイコとグラジオラスの目的は一緒なのだ。だからこそマイコは彼を信頼しているし、付き合いが長いのである。この世界で一番信用に値する人物であると言って過言ではない。


「変わった奴だよ、お前は」


 生き物は何かしらに貪欲な一面を持つ。それは本能に近い。だから金に溺れ、権力に溺れ、過剰な自意識に溺れるものだ。だがマイコにはそれが一切無い。強かに生きる彼女のような者は少ない。王城に仕える魔法使い達の中で、自身に溺れていない者は一割にも満たないだろう。魔法使いに限らず、貴族もそうだ。そして王族もまた。


「ジオに言われたくないですよ。貴方も相当な変わり者でしょう?」


 マイコは悪戯を企んでいるかのような無邪気な笑みを浮かべた。彼女の言い分は最もだ。グラジオラスは頬を緩めて頷く。


「違いない」
「でしょう?」


 クスクスと可愛らしく笑うマイコにつられて笑う。この心地良い空間が、ずっと続けば良い。双方の思うところが全く同じであるのは誰も知らない。

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