優しい黒魔女 | ナノ


▼ 005

「お早うございます」
「ああ、お早う。一週間ぶりだな」
「ええ」


 看板の出ていない小さな建物のドアを押し開ければ、カランとぶら下がった鈴が涼しげになった。中に居たのは20代後半の赤髪赤目の美丈夫。この魔具屋のオーナー、グラジオラスである。
 しかし魔具といえども王城に仕える魔法使いが作った物を売っている訳ではなく、パッと見には雑貨が置いてあるようにしか見えない。ここで売られている魔具というのは専らマイコが納品している物ばかりだ。雑貨に紛れて置いてあるそれらは安価で庶民にも手が出る値段で出されている。納めているのは主に薬類だ。最低限の金だけを受け取り、出来るだけ一般人に苦しい思いをして欲しくないマイコは、こういう形でひっそりと援助している。
この世界にトリップした当初からグラジオラスには世話になっていて、世界の常識を教えてくれたのも彼だ。今でも頭が下がる思いである。


「どうだ、相変わらずか?」
「変わらずのんびり生活しているわ。あ、でも昨日また命知らずがやって来てね」
「あ?最近は居なかっただろうに、馬鹿はまだ残っていたのか」
「精霊達が言うにはそれなりの実力者らしいけれど。運悪くケルベロスに襲われていて、もう少しで死んでしまうところだったわ」


 マイコが苦い笑みを浮かべながらそう言うと、グラジオラスは眉を潜めた。ただならぬ様子に首を傾げると、普段より低い声で言葉が紡がれる。


「マイコが強い事は充分知っているが、女なんだから無茶はしてくれるな」
「…心配してくれるの?」


 予想外の内容にマイコは目を大きく見開いてグラジオラスを見た。彼もまた真剣な目でじっと見つめ返す。


「するに決まってるだろ。俺が好いてる女だ」
「…ありがとう」


 ストレートな愛の言葉に幾分か照れて、気恥ずかしさから逃れるように目を伏せる。こういう時にしみじみと日本ではないのだと改めて認識する。開けっぴろげな言葉は未だに慣れることが出来ないでいた。自分の何が御眼鏡にかなったのかはよく分からないが、マイコはグラジオラスに出会った当初から好意を寄せられている。不思議で仕方が無い。彼ほどの美形ならばモテるだろうに、といつも思うのだ。
 別に自分の事を卑下するつもりはない。生まれてこのかた親しんできた顔は、パッとしないのは知っているがそれを変えようとは思わないし他人の芝生を羨むこともない。だが、自分は彼に見合う者ではないと思っている。


「これ、今日の分。最近売れ行きが良くて追いつかないから来週からもう少し多く持ってきて欲しい。時間がキツいならあれだが、値段を上げても良いだろ。構わないか?」
「…ええ、平気よ。値段も変えなくて良い」
「そうか?ただでさえ安価なんだからお前も生活が大変だろう」
「今のままで充分よ」


 態度の違いに戸惑いながら、すっかり値段を引き上げる気満々な彼を慌てて止める。実際、今の最低限の値段でも金に困ることはないし、足りなくなればギルドにでも行って討伐の仕事を受ければ事足りる。そう説明すれば微妙な顔をされた。


「…さっき言った事ちゃんと覚えてるか?」
「あ」
「頼むから無茶だけはしてくれるな。傷の一つでも作ったら問答無用で金を受け取らせるからな」


 本気を漂わせるグラジオラスに気圧されて頷く。内心傷の一つくらい構わないだろうに、と呟くが口には出さなかった。言ったら言ったでまた追い打ちをかけてくるに決まっている。


「後、討伐に行く時は一言俺に言ってくれ」
「どうして?」
「どうしてもだ。良いか、絶対だぞ」
「え、ええ。分かったわ」


 腑に落ちないながらも了承する。それを見届けて彼はニヤリと笑んだ。怪訝に思うも、藪蛇になるのは御免なので深く追求しないことにする。何だか、変な方向に話が纏まっている気がする、と痛む頭を押さえた。


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