▼ 055
「ああ、前世とかではないらしいぞ」
アッサリと期待は散り、マイコは心中で落胆した。表面上は平生を装いながら続きを促した。
「バッカリス曰わく、真っ暗な空間にいてボーっとしていたら明かりが見えたらしい。本能的にその明かりのところへと行くと、泣いているユズリハを見つけたんだそうだ」
「…うーん」
「よく分からんだろう?更に理解に苦しむところは、ユズリハの傍らにサラマンダーがいたと言うんだ」
「サラマンダー?って、あの四大精霊の?」
「ああ」
マイコは再び唸って腕を組んだ。サラマンダーと言えば四大精霊―――火水風地―――の内の火を司る精霊だ。火はサラマンダー、水はウンディーネ、風はシルフ、地はノームという種族の精霊で、それぞれが属性の頂点に立っている。
しかし頂点といえども精霊達を統治しているわけではなく、一番力が強いというだけのことだ。だからこそ四大精霊に他の精霊達は従事している。上下関係というものではなく、自然の摂理であるようだ。実際にマイコが契約している精霊達にそう聞いたのだから違いないだろう。
ちなみに水属性のウンディーネの内の一人はツンベルギアである。ツンベルギアがマイコと契約しているのはただ単に彼女の気まぐれだ。ツンベルギアは古来から魔物の森にある泉に住んでいて、近くに住み始めたマイコのことを気に入ったと言って契約を結んだ。しかし本来、四大精霊ともなればプライドが高く人間に従事するなど有り得ない。ツンベルギア以外の四大精霊がマイコを気に入ることはあっても、契約することは恐らくないだろう。
「バッカリスは、ユズリハのことを次代のサラマンダーだと言っている」
「ユズリハが…次代のサラマンダー?」
「本当かどうかは分からんがな」
グラジオラスはそう言って首を横に振った。マイコは頭の中を整理しようと試みる。
サラマンダーの基本形態は恐らくドラゴンであるが、ヒト型もとれると思う。ウンディーネであるツンベルギアが完全なヒト型をとることが出来ることでそれは証明される。だとすると、ユズリハが人間の幼子の姿形をしているのに関して違和感はない。
そしてもう一つ、ユズリハがサラマンダーであると判断するには力が足りないように思える。保護したバッカリスの傍らで泣くユズリハがグラジオラスを見て力を暴走させた時、通常の精霊よりは力は強いもののサラマンダーには届かないように思えた。だがそれも、年月を重ねていくと力が増幅するのであれば筋は通る。
これでバッカリスの言うことは否定出来ないわけだ。きっとグラジオラスも完全否定が出来ないと分かっているからこそ、歯切れが悪いのだろう。もっとも、信じているわけではなさそうではあるが。
「何が本当なのか、俺には検討がつかない」
他に真実があるのか否か、それさえも。グラジオラスはそう言って口を閉ざした。
もしもバッカリスの話が真実であるとすれば、彼の立場はもっと危うくなる。精霊付きであること自体、厄介事に巻き込まれる原因になり得るのに、その精霊がサラマンダーであるとなれば利用しようとする輩(やから)が出てくるのは目に見えている。
今はまだ王族であるから安易に手出しは出来ないと多少なりとも安心することが出来るが、本当は血を継いでいないとなると一気に危険度が増す。グラジオラスはバッカリスを疑いたくはないのだろう。というよりも嘘であってほしいと願っている。これ以上バッカリスの立場を悪くしたくないがために。
仲の良い二人だから、とマイコは複雑な心境を察して目を伏せた。
「バッカリスの話が本当なのかはまだ断定出来ないわ。私の契約精霊達がユズリハに敬意を払っているような様子は見られなかったし。後からサラマンダーに覚醒するっていうこともあるのかもしれないけど」
「…そうだな」
「疑いたくはないんだがなあ」とグラジオラスはぽつりとつぶやいた。王都の街並みは整然としていて美しいが、マイコはどこかもの寂しさを覚えるのだった。
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