優しい黒魔女 | ナノ


▼ 052

 「そろそろ時間も時間だからお暇させてもらうわ」とマイコが言ったのを皮切りに退出することにした。そこでバッカリスは辺りを見渡して息を吐いた。


「私は残ります。そろそろ片付けないと家の中であるにもかかわらず遭難しそうですしね。…まったく、久々に来たと思えばまた散らかして」


 ぶつぶつと文句を言うバッカリスに、グラジオラスとマイコは顔を見合わせた。当の本人であるクロッカスは我関せずな態度でゆったりと紅茶を楽しんでいる。


「前に来てから何ヶ月だと思います?クロッカス」
「…2ヶ月か?」
「そう、2ヶ月です。たったの!2ヶ月だけしか経っていないのに、どうやったらこんなことになるんですか」


 クロッカスは「さあな」と言うだけで取り合おうとしない。怒りの行き場をなくしたバッカリスは深く溜息を吐き出して首を横に振った。


「ハウスキーパーでも雇ったらどうなんです。お金は有り余るほどあるでしょう」
「他人に触られたくないのはバッカリスも知っているだろう」
「だからって僕がずっと片付けることが出来るだなんて貴女も思ってないでしょう?」


 バッカリスは自分を「僕」と言ったことに気付いているのか気付いていないのか、呆れた眼差しを寄越す。それに対してクロッカスは黙り込んだ。
 クロッカスだって、まさかずっとバッカリスが自分の家に定期的に来ては文句を言いながら片付けてくれるとは思っていない。恋人が出来ればそちらを優先するだろう。今は特定の恋人がいるわけではないようだが、それもずっと続くとは限らないのだ。
 万が一の場合でもない限り、自分がバッカリスの隣に立てるなど到底無理な話だ。それを重々承知だからこそクロッカスは何も言えなかった。自然と暗くなる心の内を閉じ込めて表面上では平然を装った。しかしマイコはクロッカスの気持ちに気付き、心配そうに見る。


「…分かっている」
「本当ですか?なら一人でも整理出来るようになるか、もしくは整理上手な男と早く結婚してくださいよ」
「ああ」


 マイコはもう聞いていられなかった。気付いていないとはいえ、バッカリスの言葉は確実にクロッカスの心を切り裂いた。想い人に「早く結婚しろ」と言われて平気な人なんていない。胸を痛めながらも二人の話を中断させるために口を開いた。


「じゃあ、私達は失礼するわね」
「ああ、気をつけてな」
「ありがとう」


 曖昧に微笑んでソファーから立ち上がる。グラジオラスもそれにならって立ち上がり、入ってきた時と同様にマイコの手をとって促した。ふと思い出して、クロッカスはマイコに向かって言う。


「マイコ、森には自然魔石が多く存在すると言っていたな」
「ええ。それが?」
「良かったら私に持ってきてくれないか。少し調べたいことがある」
「構わないわ。いつ持って来たら良いの?」
「出来るだけ早く。ああ、急がなくてもいいぞ」


 ふむ、とマイコは顎に手を当てて考え込む。何かあればと思い、自然魔石を見つけたら家に持ち帰るようにしているから物置にはかなりの量が置いてある。今のところ使い道はないのだし、幾らかクロッカスに渡しても支障はないだろう。


「家にあるものならすぐに持って来れるわ。テレポートを使えばすぐにでも良いけれど、どうする?」
「本当か?だったらお願いする」
「了解」


 マイコは頷いてグラジオラスを見上げた。「良い?」と小首を傾げる彼女に断る理由など思い付かないので、グラジオラスもまた頷いた。
 そうとも決まれば、一度王都の外に出てから家までテレポートしなければならない。人目の気にならないこの洋館で発動することが出来るのならそれに越したことはないのだが、しかし王都の外れといえども王都内に入るためこの場で魔法を行使するとまた国王軍が駆けつけるはめになるだろう。面倒ではあるが一旦門外に行かなくては。


「ジオ、行きましょう」
「ああ。邪魔したな」


 クロッカスはヒラヒラと片手を振って二人を見送った。

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