▼ (051)
「くそ!」
痺れ薬がよく効いているようで、立つのもままならなかったらしい男は地面に膝を付いて息を荒げながらも僕を睨みつけていた。同業者だからといって見逃すような生易しい世界に、生憎と僕は住んでいない。このまま生かしておくわけもない。
そういえばこうして人を殺すのは久々だなあ。最近は情報収集の腕を買われてそっち方面ばかりだったから、本当に久しぶりだ。血の匂いってなかなか取れにくいから殺すのは嫌いなんだけどね。職業柄仕方が無い。慣れてるからそれほど苦であるわけでもないし。
「あと、ひとり」
ゆるりと口角を上げる。布で目以外を覆っているから表情は分からないはずなんだけど、どうやら纏う雰囲気が愉しげなのが伝わったらしい。男は恐怖に顔を歪めてどうにかしてこの場から逃げ出そうと試みるが、上手く身体が動かせずに更に恐怖に震え出す。痺れ薬のせいでもあるし、相討ちした時に脇腹に刺さったナイフによって流した血の量のせいでもある。
絶望の危機に晒されているのに身体を動かすことの出来ない恐怖はどれくらいなものなのか、僕は知っている。その時に救ってくれたのが若だったんだ。でも、今ヒーローは現れないよ。
確かな足取りで男の目の前に立つ。男は恐怖に染まった目で僕を見上げた。なんだか僕が悪者みたいだなあ。確かに暗殺者である僕は悪者ではないとは言い切れないけれど、男だってまた僕と同じ暗殺者と同類なんだから悪者でしょ。どっちもどっち。ただ僕が勝った、それだけ。
「ばいばい」
「――――――!!!」
首を愛剣で切り飛ばせば、声にならない断末魔が放たれた。グラリと傾いた男の胴体は血の海に倒れ込んだ。これらの後始末、どうしようかな。まあ後でもいっか。どうせ依頼主と対峙しなくちゃいけないんだし。生きていたら、僕って相当運が良いんだろうね。
◇◇◇
「シャドー、生臭いわよ」
依頼主は僕を前にして顔を顰めた。さっきまで殺り合っていたんだし仕方が無いだろう。心の中では文句をたらふく言いながらも表面上では無表情でミナーゼを見やる。
この男はこの男で厄介である。何があったのかを聞かないところを見ると、どうやら何をしていたのか分かっているらしい。この男のことだ、きっと僕と自身を監視していたあの二人のことをとっくの昔に知っていたのだろう。食えない男だ。
「それで?あれらを片付ける理由があるんでしょ?」
何もかもお見通し、というわけだ。僕が最初放置していたことを知っていて、その上で今潰したということは聞かれてはいけない話をするのだろうということに見当がついているのだ。流石はかつて「死神」と呼ばれ恐れられていた男だけある。
「革命側に協力する気は無いか」
「あたしに何のメリットがあるの?」
動揺もせずにそう返してきたミナーゼに答えあぐねる。うっそりと目を細めるミナーゼから発せられる威圧感に圧倒されそうになる。
「カーラは良いと思うよ?」
その時、カロリーヌが無邪気な笑顔を浮かべてそう言い放った。思わず僕もミナーゼもカロリーヌに注視した。
「だって見てるより当事者になった方が面白いでしょ?」
可愛らしく小首を傾げて、ミナーゼに対して言った。思わぬ助力だった。
「…そうねぇ」
「カーラ、マイコちゃんのこと気に入ってるから敵にはなりたくないなぁ。それに大切な常連様でしょ?」
カロリーヌの物言いに暫し男は考え込んだ。そして次の言葉に歓喜することになる。
「いいわ。協力してあげる」
「!」
「ただし、条件がある」
ただで受けてもらえるとは思っていなかったから驚きはしなかった。一体どんな条件を突きつけられるのだろうか。
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