▼ (050)
マイコ・サトウだったっけ。若が執心だって言うからどんな女かと思っていたけど、興味のそそられるやつだったな。
僕は依頼主であるミナーゼの店までの道を音無く進みながら心の中でそう零した。見事なまでの黒髪もまた目を惹くが、何よりもあの意志の強そうな瞳に引き込まれる。その上賢そうだ。僕の状況を読み取り、僕の性格まで安易に見抜いていた。人を見る目があるのだろう。
あの研究員に顔について聞かれた時にはイラッとしたが、あいつもまた引き際を知っているらしい。すぐに謝罪した彼女に毒気を抜かれた。しかしあいつも王子も僕の気配に気付いていたようだったから侮れない。それがまた面白いんだけどさ。
「…二人」
ミナーゼの店に着いたが、そこには既に二人分の気配がした。最初に依頼主と話していた時には聞かれても構わない内容だったから放っておいたけど、今からする話は聞かれると困る。
服の内側からナイフを数本取り出す。後ろから手刀を入れて気絶させることも可能だけど、目を覚ました後に向こうに報告されるというのは捨て置けない。さっさと片付けてしまう方が楽だ。そうと決まれば。
狙いを定めて一本ナイフを投げる。空気を裂く音がして、次いで金属音が耳に届く。防がれたか。状況を見ながら続けて数本ナイフを投げる。ザシュッと肉の裂ける音が聞こえた。うーん、掠っただけか。
「…ッ影か」
俺と同じような真っ黒の衣服を着て顔も隠した男が僕を呼んだ。そいつの肩の部分の服は破けて血が滴っている。ナイフの先には即効性の痺れ薬を塗っているからすぐにでも動きが鈍くなるに違いない。男を観察しながらもナイフを投げる手を止めることはない。
不意に後ろにもう一人の気配を感じて身体を軽く捩る。そうするとナイフが丁度相討ちになったようだ。肩から血を流していた男が僕が避けたせいで脇腹に刺さったナイフに呻いた。
「チッ」
後ろの気配が素早く動く。それにならって僕もズボンの下に隠しておいたナイフとエストックを構えた。エストックは細身の剣ではあるが、あちらのナイフを叩き落とすにはこれで充分だ。
相手はどうやら素早さをベースにしているらしい。四方から不規則に飛んでくるナイフをかわしながら目を眇める。
「―――甘い」
僕に敵わないと分かったのかどうかはいざ知らず、捨て身の攻撃を仕掛けてきた。ナイフとは別に片手剣を手にして僕の首をかき切ろうとしたのだろうが、甘い。左手に持ったナイフで捨て身の攻撃を受け止めて、右手のエストックを逆に相手の首に振りかざした。
狙い通り僕のエストックは首を捉えて跳ねた。毎日手入れしているから切れ味がとても良いのだ。本来は裂く、突くが基本攻撃になりがちなエストックだが、使い用によってはこうして首を飛ばすことも出来る。流石、僕の愛用の剣だ。
ドサリと首と切り離された胴体が地面に落ち、飛ばした首はゴロゴロと転がった。辺りに漂う生臭い血の匂いと、切ったことによって赤黒い光を鈍く放つエストックに目を細めた。頬についた血を指で軽く拭い振り向く。
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