優しい黒魔女 | ナノ


▼ 049

「シャドーさんの依頼主はやっぱりミナーゼさんなのかしら?」
「呼び捨てでいいよ。依頼に関する情報は極秘だから言えない。ただ掛け合うことは出来ると思うよ」


 「掛け合う?」と反芻してマイコは首を傾げる。


「依頼主は敵か味方かどっちつかずの状況だ。協力してくれるように頼んで、もし申し出を受けてくれるのなら万々歳だね。勝率は五分五分だけどやってみる価値はある」
「…シャドーはそれでいいの?」


 マイコはシャドーのルビーを見つめた。彼がミナーゼに掛け合うということはグラジオラスやマイコと裏で通じていることをバラすようなものだ。そうなると誰よりも危険な立ち位置になる。ミナーゼが頷いてくれれば問題はないがしかし逆の場合も充分あり得る。却下された時、確実にシャドーの身は危ないだろう。


「さっき言っただろ。若が若である限り、僕は若に従う。それがたとえ危険に晒される行為だとしても、それは変わらない」


 シャドーは起伏の少ない声音で淡々とそう述べた。その科白にマイコは瞠目する。グラジオラスに対する絶対なる忠誠心は一体どこから来るのか。相応する事柄が彼とグラジオラスの間に存在するのだろう。この青年に命を捧げさせるほどの、何かが。


「…分かったわ。お願いしてもいいかしら?」
「いいよ」


 まるでおつかいを頼まれたかのような軽い返答。本当に大丈夫なのか不安になるがグラジオラスのお墨付きだ、きっと平気なのだろう。
 それでも、と思う。それでも、危険であると分かっていて快く見送ることなど出来ない。


「気をつけて」


 けれどここで何かを言うのは彼にとって好ましくないだろう。心配されることを重く捉える人種であることはなんとなく分かっていた。ならばマイコに言えることは何もない。思案の末吐き出した言葉に、シャドーは僅かに目を細めた。


「うん」


 一つ瞬きをするともう闇に溶け込み、いなくなっていた。動かないマイコの頭の上にグラジオラスがポフリと手を置く。


「大丈夫だ」
「…ええ」


 ふと表情を緩ませる。グラジオラスがそう言うのならと思えるのは、それくらい自分が信頼しているからなのだろう。この大きな手に自分の手を重ねることが出来たなら。そう願いつつもそれを望まない自分もいて混乱する。願ってはいけないことだと知りながら、差し出される好意につい甘えてしまいそうになる。このままではいけない、流されるままでは。マイコは痛む胸に気付かないふりをした。


「シャドーのことが気になるのか?」


 再び暗い顔になっていたのだろう、グラジオラスがマイコを覗き込んだ。まさか本当のことを言えるはずもなく話を合わせるしか術を持たなかった。


「なんだか不安定な子供のように思えて。本人には失礼だけれど」


 これは事実、シャドーを観察して思ったことだ。まだ日本にいた頃、幾度か保育実習をした中で同じような子供を見たことがある。ふさぎ込んでいて周囲には悟らせまいと押し隠していた。外傷こそなかったものの、おそらく虐待を受けていたのだろう。その子とシャドーはどことなく雰囲気が似通っているとマイコは感じていた。


「遠からず、だな。良い目を持っている」


 マイコの話を聞いたグラジオラスは目を細めた。しかしそれ以上は何も言わずに口を閉ざす。やはり何かがあるのだろうが、追求する気もないのでそれ以上は聞かなかった。いつか教えてくれる日まで待とう。

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