▼ 048
「―――だからこそ、俺達はこの国を変えなければいけない」
ソファーとソファーの間にあるテーブルに、グラジオラスが紅茶の注がれたティーカップを音無く置いた。三人の目が彼に集中する。グラジオラスは品のある優雅な動作でマイコの右隣に腰を下ろした。
「お前はどちらの味方だ、シャドー」
グラジオラスがそう言った時、ゆらりと空気が揺れるのを感じた。
「流石、若」
現れたのは闇の男。彼はグラジオラスの足下に跪いた。頭(こうべ)を垂れるその姿はまさしく従順な犬のようだ、とマイコは思った。
「アロワにしごかれたからな。気配の種類はなんとなく分かるさ」
「それが出来るのはアロワ殿と若くらいだよ」
呆れの滲むルビーの瞳がグラジオラスを見た。どういう関係なのだろうか。そういえば、と思い出す。暗殺されそうになったグラジオラスは、その暗殺者に匿ってもらったと言っていた。もしかしなくともその繋がりだろう。
「僕自体は若の味方だよ。若が若である限りはね」
「なら大丈夫だな」
グラジオラスの返答に、男は目を細めた。見守っていた面々は、その決着に肩を撫で下ろした。
「こいつは情報収集に長けていて、暗殺者の中でも優秀な部類だ」
「以後お見知り置きを」
恭しく頭を下げる仕草がどうにもわざとらしく感じる。好き嫌いの別れる性格の青年のようだ。またもや厄介な者が現れたとマイコは頭を痛めた。
「顔は見せられないのか」
不意にクロッカスがそう問い掛けた。シャドーは一つ瞬きをすると、目に冷たい色を宿した。途端に殺気立った空気が肌を刺す。
「諸事情があるのでね」
触れてはならないことに触れてしまったことに気付き、クロッカスは口を噤んだ。殺気を飛ばすシャドーの頭をグラジオラスがポンと撫でた。すると一気に霧散し空気が緩んだ。
「そう睨むな」
「…だって」
「だってじゃない。事情を知らない者に殺気を当てても意味がないだろう」
シャドーは諭されてシュンと肩を落とした。
「まだまだ子供だな」
「…うるさい」
軽いシャドーが睨んでくるが、グラジオラスにとっては痛くも痒くもない。苦笑してもう一度頭を撫でた後、マイコ達に向き直った。
「これはまだ若い。許してやってくれ」
そう言われたクロッカスは首を横に振る。
「いや、私が無神経だったのだから私が謝るべきだろう。悪かったな」
「…別に」
つんと顔を逸らすシャドーだが、纏う空気は軟化していた。きっともう怒ってはいないだろう。クロッカスは安堵の息を吐き出した。暗殺者に殺気を当てられるのは流石に堪える。一般人ならその気迫に気を失ってしまうだろう。
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