優しい黒魔女 | ナノ


▼ 047

 マイコが使っているのは人工魔石の方である。
 人工魔石を作るためには、高度な魔力コントロールの精度が必要だ。まず最初に、適した石を探す。石なら何でも良いというわけではなく、天然石や宝石でないと不完全なものになってしまう。そういったものは使いものにならない。透明度の高いものほど良く、最適なのはクリスタルだ。次に、石に魔法陣を組み込む。紙に魔法陣を描き、その上に石を置いて石の仲に移す。この時、魔法陣が複雑で精度が良いものであればあるほど、石に蓄えられる魔力が増える。そして、魔法陣を組み込んだ石にひたすら魔力を流し込んでいけば人工魔石の出来上がりだ。
 魔法を維持するためには、魔石が必要不可欠だ。王都に張り巡らされた魔力を感知し知らせるシステムにも、魔石が使われている。魔力が切れそうになれば魔法使いが補充することで、半永久的に使うことが出来る。便利ではあるが、過程が大変であるのもまた事実なのだ。
 人工魔石は市場に出回ることはないが、自然魔石は時折市場に出回ることがある。冒険者や商人にとって、自然魔石は喉から手が出るほど欲しいものだ。しかし、便利だが採掘出来る数も限られているのでかなり高価だ。そのため、使うことが出来るのは貴族や大商人がほとんどである。

「自然魔石か?」
「いいえ、人工魔石よ」
「何故だ?魔物の森には自然魔力が溢れているだろうから、自然魔石も多く採れるだろう?」
「それはそうなんだけど、自然魔石だと魔力蓄積量が足りないから。人工魔石の方が勝手が良いのよ」
「なるほどな」


 説明に納得し、クロッカスは頷いた。続いて彼女はふむ、と考え込んだ。様々な研究を行い、成果を残してきたクロッカスだが、未だ魔法関係には手を出していない。少しではあるが、魔力のある彼女だから、次の研究にはそれらについて何か調べてみるのもいいかもしれない。そして、ふと思い出した。


「そういえば、バッカリスが魔物を持ってくると言っていたな。それはどうしたんだ」


 丁度本の整理を終えたバッカリスがマイコの左隣に座った。傾く体でバランスを取りながら、マイコはクロッカスの目が剣呑に細められたのを見た。それで漸くクロッカスの想いに確信を持った。


「それなんですが。凶暴化したケルベロスに襲われてしまったんですよ」
「…何だって?」


 ヒラヒラと片手を振りつつサラリと言ってのけた彼の言葉に、クロッカスは一気に青ざめた。


「死ぬ寸前にマイコさんに助けてもらいました。後一歩遅ければ死んでいたでしょうねぇ」


 確かにバッカリスが言っていることは事実だ。事実ではあるが、もっと他の言い方があるだろうに。


「傷跡は残っていないはずよ。魔法を使った反動も出ていないようだから、安心してくれて良いわ」
「本当か?」
「はい。異常はありませんよ。むしろ以前より体が軽いくらいです」


 マイコのフォローに頷いた彼を見て、漸く納得したようだ。彼女はホッと息をつき、目元を和らげて微笑を浮かべた。


「そうか。無事で良かった」


 初めて見たその微笑みが思いのほか神秘的で美しく、マイコはうっとり見とれる。バッカリスもまた、驚きに目を見張って硬直した。


「マイコ、魔物は暴走していると思うか?君の意見を聞きたい」
「住み始めた頃よりも興奮が高まっているように思うわ。クロッカスさんは魔物をどうするつもりだったの?」
「そうか、やはりか。どうにか暴走化を止める術がないかと思ってな。…恐らく、このままで行くと魔物が押し寄せ、混乱に陥るだろう。国が崩壊するのは目に見えている。そんな時に他国に攻撃を仕掛けられてしまえば、最早ミリテレジアに未来はないだろう」
「…そんな」


 まさか、それほどまでに事態が深刻だとは思っていなかった。国の存続すら怪しいほどだとは。呆然とするマイコとは反対に、バッカリスは動揺した素振りはなく、いっそ異常なほど落ち着いている。予測済みということだろうか。

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