優しい黒魔女 | ナノ


▼ 045

「これで良いだろう」
「いつもそれでいれば、結婚なんてすぐでしょうに」
「面倒だ」


 キッパリ言い切ったクロッカスに、バッカリスは溜息をつく。
 バッカリスにとって、女性は着飾って自分を美しく見せようとする生き物であり、美しくなろうと努力する女性を愛でることが生きがいである。だというのに、このクロッカスは、自分が持っている恵まれた美貌に気に掛けることなど一切なく、むしろ、意図的にそれを隠しているのではないかというくらい、だらしない。30歳を過ぎている彼女は、結婚適齢期などとっくの昔に過ぎ去ってしまっている。これではこの先、彼女の隣に立つ人物は現れないだろう。
 バッカリスは再び溜息を零した。


「せめて髪くらいは結ってください」
「そんなに言うのなら、お前が結えば良いだろう」


 明白に嫌そうな顔をしたクロッカス。仕方なく、散乱物の間を縫って彼女の近くに向かった。


「髪留めはありますか」
「…どこかにはあるだろうよ」
「どこかってどこですか。まったく。私のをあげますから、ちゃんと使ってくださいよ」


 懐から取り出したのは、琥珀をあしらった髪留め。男にしては長めの髪であるバッカリスが、机に向かう時に愛用しているものだ。女性がするのには華やかさが足りないが、意匠を凝らしたそれは、誰の目から見ても高価であることは明らかだ。
 彼はクロッカスを椅子に座らせ、受け取った櫛で髪を丁寧に梳いていく。サラサラと零れ落ちるブラウンの糸を器用に結っていく。最後に髪留めで留めれば、スッキリして綺麗な顔立ちが映える。


「折角綺麗な髪なんですから、これくらいはしてください」
「…気が向けばな」


 そんな二人のやり取りを見て、マイコは小さい声でグラジオラスに尋ねた。


「ジオ、あの二人って…」
「恋仲ではない。仲は良いようだが」
「へぇ」
「バッカリスは女として見ていないし、クロッカスも男に興味がないからな」


 そうかしら、と心中で呟く。
 バッカリスはともかく、クロッカスはグラジオラスの言う通りだとは思わなかった。僅かにだが、クロッカスが右手で髪留めに触れた時、表情が和らいだように見えたのだ。もしかして、クロッカスは彼に好意を寄せているのではないだろうか。証拠はないが、女の勘がそう告げていた。
 そう仮定するなら、マイコに向けられた冷たい目の理由も分かる。バッカリスの隣にいるマイコは嫉妬の対象だろう。応援する気持ちはあれど、お節介をするつもりは毛頭ないが。


「さて、無事な部屋はありますか?」
「客室ならまだマシだろう」


 バッカリスはマイコとグラジオラスの方を見てアイコンタクトを取る。グラジオラスは心得たとばかりに一つ頷き、マイコの背に手を当てて促す。足元に気をつけながら進むと、客室に入った。幾らか本が置かれているものの、他の場所よりは格段に空間がある。
ソファーに置かれた本をバッカリスが持ち上げ、部屋の端に寄せる。空いた空間に腰を下ろし、テキパキと片付ける彼を眺めた。
 マイコの目には、バッカリスが世話焼きであるようには思えない。恐らくそれが発揮されるのはクロッカスに対してのみだろう。それに、彼女もまた自分は動かないものの、彼の好きにさせている。
「他人に触られると激怒する」とバッカリスは言った。その言葉に嘘はないだろう。もし、マイコが彼のように本に触れば、怒るに違いない。だが、クロッカスは彼に何も言わないし、怒った様子もない。ということは、バッカリスが自分の領域に入ることを許しているということだ。そして、彼もまたそれを躊躇わない。どんな形であるにしても、互いに気を許していることは間違いないようだ。


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