優しい黒魔女 | ナノ


▼ 044

「一階にはいないようです」
「ああ。研究室にいるんだろう」
「だったら二階ですね」


 グラジオラスに支えられながら階段へと向かう。が、そこにもまた本が山積みになっており、かなり狭い。ここまでくるともう天晴(あっぱれ)としか言い様がない。なんとか大人一人分は通れるので、グラジオラス、マイコ、バッカリスの順に階段を上る。その際に本のタワーを崩さないように細心の注意を払う。


「クロッカス、いるか?」


 呼びかけに反応した一つの人影が、ゆらりと揺らめいた。こちらに振り向いたその人影はまさに幽霊のようだった。長い髪を垂らし、顔は半分以上隠れて見えない。服は白衣だが、皺が寄っていてお世辞にも清潔とは言えない。「リアル貞子」である。
 髪は、黒であるはずもなく茶色だが、仄暗く光る焦げ茶の目がなんとも不気味だ。西洋人系の顔立ちが多いこの世界は、当然肌の色が薄い。その中でも一等白いだろう、青白いとも言えるその人の肌の色によって、更に不気味さを助長していた。
 別段そういった類のものに恐怖を覚えるほど、柔な心を持ったマイコではないのだが、それでもこの得体の知れなさには恐怖心を煽られて、咄嗟にグラジオラスの広い背中に体を隠してしまった。


「クロッカス、身だしなみを整えてきてください」
「このままでも構わんだろう」
「構います。マイコさんが怯えているでしょう」
「マイコ?ああ、件(くだん)の」


 話題に出されてしまっては、顔を出さないわけにもいかない。恐る恐る逞しく頼りがいのある背中から顔を出して会釈した。真っ直ぐダークブラウンの瞳にかち合い、どうしてだか目が離せなくなった。


「…へぇ。まあいい。待っておけ」


 目を眇めた彼女はすぐに興味を失って踵を返す。器用に紙やら本やら魔具やらの散らばったものを避けて奥に消えていった。知らずの内に息を止めていたマイコは深呼吸をしてから口を開いた。


「あの方が、クロッカスさん?」
「はい、そうですよ」
「てっきり男の方だとばかり思っていたわ。女性だったのね」
「ええ。マイコさんにも苦手なものがあって良かったです」
「それはどういう意味かしら?」


 ギロリと睨みつければ「おお、怖い怖い」と、全くそう思っていないだろうおどけた表情をしてみせた。

「待たせたな」


 そう言って現れたクロッカスにまたもや驚愕するのはマイコただ一人。
 ボサボサだった髪は櫛を通したのか、綺麗なストレートになっており、天使の輪が見えるほど艶掛かっている。目は零れ落ちそうなほど大きく(恐らく、大きすぎたがために不気味に思えたのだろう)、青白い肌は彼女を病弱に見せて保護欲を掻き立てられた。白衣も新しいものに変えたらしく、パリッとしていて清潔感がある。まるで吸血鬼の如く、現実離れした美人がそこにいたのだった。

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