優しい黒魔女 | ナノ


▼ 042

 カロリーヌに必要な部位を測定してもらった後、マイコはその他の衣服はミナーゼに全て任せて店を出た。装飾品エリアを抜け、貴族の住宅街を通り、更に奥へと足を運ぶ。完全にミナーゼの店が見えなくなったところで、グラジオラスが耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな声で二人に耳打ちした。


「あの店主、気をつけた方が良い」


 バッカリスは軽く頷いてみせたが、一方マイコは不思議そうにグラジオラスを見やった。そんな彼女の様子を見兼ねて言葉を重ねる。


「店の中にいた時から気配を感じる」
「!」


 真剣な声音に身を固くするが、足は動かし続ける。ここで不審な動きをするのは得策ではない。マイコは心の中で「サウンド・プルーフィング」と唱えた。彼女の目には途端に透明な壁が三人を包み込んだのを見たが、魔力を持たない二人には気付かれていないだろう。だが、ここで教えるにしても、口は開閉しているのに声は聞こえないという不可思議な光景になるので、マイコは何も言わずにこそこそ話を再開した。


「今も?」
「ああ」


 前を向いて、まるで何でもないかのようにグラジオラスは答えた。それにならってバッカリスとマイコも自然な動作を心掛ける。全神経を集中させて周りの気配を伺ってみるが、何も感じない。マイコは今までそういった場面に出くわしたことがないので気がつかなくても仕方がない。だが、グラジオラスはすぐに気付いたようだ。バッカリスは言われてから気付いたようだったが。
 チラリと横目で彼の様子を覗う。一切動揺など感じられなかった。マイコは内心動揺しなからも、それを表面に出さないように努めている。バッカリスもどうやらこういった状況には慣れているようで平生の姿を保っている。
 改めて住む世界が違うことを思い知らされる。すぐ傍にいるのに、その存在が遠く感じられる。…今更ながら、酷く困難な道を選択したことを後悔した。


「片付けますか?」
「いや、泳がせておけ。まだ敵が味方か分からない間は」
「そうですね」


 どうやらぼーっとしている間に結論は出たらしい。二人がそう結論を下したのなら、と同意して防音効果を解除する。こちらが向こうに気付いたことを悟られなければ良いのだが。とにかく、不自然にならない程度の話題を提供することにしようと、マイコは口を開いた。


「今から会う人、クロッカスさんだっけ。どういった方なの?」
「研究馬鹿だ」
「それは聞いたからそれ以外で」
「そうですねぇ。奇人天才とでも言っておきましょうか」


 バッカリスがグラジオラスに代わって答えた。「奇人天才…」と反芻する。


「研究以外はどうでもいいっていう人です。生きているのが不思議ですよ」
「飯は自作の特製栄養剤だとか言っていたな」
「つまりは、物臭な方なのね」


 グラジオラスとバッカリスは顔を見合わせて沈黙した。訝しげに二人を見れば、何とも言えない表情を浮かべていた。


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