優しい黒魔女 | ナノ


▼ 002

「ご主人様」
「なぁに、シェフレラ」


 どこからともなく現れた蜻蛉の羽を生やした掌サイズの女の子にマイコは驚くこともなく話しかける。シェフレラはマイコの使役する風の精霊で、かなりの高位精霊である。言うまでもなくこの世界には精霊と呼ばれる者達が存在するがしかし、彼等を使役することが出来る者はほぼいない。
 理由の一つに、精霊が自由を求める性質が上げられる。たとえ契約しても自由気侭な彼等は契約主の言う事を聞かないのだが、反対にシェフレラはマイコの命令を喜び勇んで遂行する。それはシェフレラが変わっているのではなく、マイコだからなのだという。
 その証拠に彼女が使役する精霊は他にも多くいるのだが、契約を望んだのは彼等の方で、マイコは別段希望は無かった。正直そんな何十匹も要らないのだけど、彼等は迫ってくるわ懇願してくるわで、最終的に泣き落とししてくるものだから諦めた。


「森の奥で魔物に襲われている人間がいましたが如何いたしますか?」
「あら」


 鈴の音を思わせる可愛らしい声音に、マイコは目を大きくする。


「命知らずがまだいたのねぇ」
「実力はあるみたいですが、相手が悪かったですね。あのケルベロスですから」
「それを早く言いなさい!」


 シェフレラの言葉にザァッと青ざめた。マイコは慌ててIHとオーブントースタもどきの魔力回路を断ち、救急道具が入った鞄をひっ掴んで外に飛び出した。
 ケルベロスは魔物の森の中でもボスクラスであり、普通に戦っては勝てない。強い魔力を持つ魔法使いがいないと、ケルベロスは物理的攻撃が効かないため倒せないのだ。最悪の事態を想定してマイコはギリリと歯を噛んだ。自業自得だと言ってしまうには容易いが、寝覚めが悪い。この森はマイコの庭と言っていいほどよく知っている。誰しも自分の領域で人が死ぬのは見過ごせないだろう。


「す、すみません…」
「謝罪は後よ。状態は?」
「腹を爪で裂かれて内臓が出ていました。咄嗟に結界は張りましたが、保つかどうかは分かりかねます」
「そう」


 シェフレラが「保つ」と言ったのは結界と命の両方の事だろう。ケルベロスは物理攻撃に対する能力が高い上に、自身が僅かながら魔力を纏っているため、何度も体当たりされてしまえば結界は容易く壊れてしまう。急がなければ生死に関わる。


「シェフレラ」
「はい」


 主人の考えを正確に読み取りシェフレラは頷いた。人間の場所を思念で主人に伝える。マイコは頭の中に流れ込んできた人の位置を確認して「テレポート」と呟いた。瞬く間に着いたそこには今にもケルベロスの吐く炎によって壊れてしまいそうな結界と、血塗れの男。


「ハイヒール、リ・バリア、アイスブレス」


 淡々と抑揚の無い声音で唱える。間に合えと、そう念じながら。
 男の無惨に裂かれた腹が、ゆっくりと細胞が再構築されて塞がってゆく。ひゅーひゅーと音を鳴らしていた息も徐々に落ち着いていく。
 シェフレラが張った結界はマイコの結界補強によって元以上の強度を増してケルベロスの炎を跳ね返した。戸惑うケルベロスに氷を吹きかけて畳み掛ける。


「サンダーボルト、ファイアレイン」


 隙を与えるわけにはいけない。続けざまに強い攻撃魔法を仕掛けて弱らせる。


「―――ダークネスト」


 マイコが唱えたと同時に突如闇が出現し、ケルベロスを呑み込んだ。断末魔の鳴き声を聞きながら、数秒もかからずに何もなくなったそこを見てホッと息を吐いた。


「結界解除」


 すぐに男の下へと駆け寄り、結界を消して状態を見た。血を流しすぎたのか顔は青いが、命に別状は無さそうだ。腹は傷跡無く完全に塞がっており、他に掠り傷はあれど生死に関わる怪我は無い。


「お見事です、ご主人様」
「ありがとう。シェフレラ、帰ったらお仕置きだからね」


 感嘆の声を上げる精霊にらマイコがにっこりと笑むとシェフレラは分かりやすく青くなった。極上の黒い笑顔に、シェフレラは力無くうなだれるのだった。

prev / next

[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -