▼ (035)
「主はどうしてそれほどまでこの世界を厭う?」
「厭ってなんか…」
「なら、何に怯えておるのだ」
ツンベルギアの言葉にそっと目を伏せた。怯えているというのなら、それは。
「他人の目、かしらね」
「他人の目?」
「私は本来ここに在るべき存在じゃないのよ。この世界の人間に求められて来たわけじゃない、ただの偶然でやって来た。魔女って呼ばれているのも、異分子だからでしょう?異常な魔力は、均衡を崩す」
だから、ここに居てはいけないの。そう言うとツンベルギアは更に腕の力を強めた。少し苦しいが、されるがままになる。
「…臆病者の主に、一つ教えてやろう。最初から求められる存在などどこにもおらぬ。いつか見つけてもらうのが一生涯の目的だ」
ツンベルギアは腕を緩めて、真正面から私を見た。そしてひっそりと微笑む。
「それに、主を求めている者はもう居る」
「!」
私は驚きに目を丸くする。彼女はただ静かに笑って私を見ていた。
私を求めている者。それは、シェフレラ、ローダンセ、オリーブ、スケトシア、ツンベルギア、他の契約精霊達。そして…ジオ。ああ、そうか。私はこんなにも恵まれているのか。今、漸く道が拓けた気がした。まだ、心は追いつかないけれど、それでも一歩前進したことには違いない。
「…ありがとう」
「もう一つ、世話の焼ける主に教えよう」
ツンベルギアは笑みを収めて、透き通るアメジストの瞳で私を射抜いた。珍しくも真剣な彼女の様子に息を呑む。今から言われることは私の今後に大きく関わるだろうと第六感が告げていた。
「いずれ選択の日が来る。その時には決して道を間違えるでないぞ」
「それって…」
どういうこと、と言いかけて止めた。彼女はこれ以上何も喋らないだろう。
意味深過ぎてよく分からない。だが彼女は何かを知っている。そしてツンベルギアが知っているということは、他の精霊達も知っているということだ。
ツンベルギアは水を司る精霊の中でも頂点に立つ。もし他の精霊達が知らなかったとしても、トップクラスの精霊は何かしらの情報を持っていることだろう。私に与えるかどうかは別問題だろうが。
悩む私に、笑みを取り戻したツンベルギアが柔らかい声音で問いかける。
「主はこの世界が好きか?」
それは簡潔でいて難しい質問だった。答えに窮して、だけど探そうと試みる。
この世界で過ごした六年間を思い浮かべて、自問自答する。
私は、ツンベルギアが好きだ。シェフレラ、ローダンセ、オリーブ、スケトシア、他の契約精霊達も。今まで出会った心優しい人達も。何を考えているのか読めないバッカリスにまだ幼くて泣き虫なユズリハも、母を彷彿とさせる八百屋のフリージアさんも、食えない隊長であるタイムさんも、…そして、ジオも勿論。
好きな人達がいるこの世界が嫌い?そんなわけがない。だったら答えは一つだけだ。これは地球を蔑ろにしているわけでは決してない。優しさに触れてしまったらもう忘れられない。
「…好きだわ」
「そうか」
数分経って、漸く答えるとツンベルギアは心底嬉しそうに顔を綻ばせた。
「今はそれだけで良いのだよ。深く考えずとも、今すぐ答えを出さなければならないわけではない。これからゆっくり見出してゆけ」
無意識のうちにホッと息を吐き出した。肩の荷が下りて心が軽くなった気がした。まだ何も解決はしていないが、猶予が与えられたことが何よりも救いだった。陳腐な慰めなどではなく、自分で考える時間をくれた。
「ありがとう」
「礼には及ばんよ。我は何もしていない。…ほら、迎えが来た」
ツンベルギアは一歩下がり、私の後ろを指差す。そちらへと視線を寄越すと、シェフレラを筆頭に沢山の精霊達が飛んできているところだった。いつの間にかツンベルギアの姿は無かったが、泉に向かってもう一度礼を述べた。
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