優しい黒魔女 | ナノ


▼ (034)

 ジオとバッカリス、そしてユズリハを王都まで送り届けた後、私は家には直行せずに森を散歩していた。魔力を意識して開放すれば、魔物達は寄ってこない。自分よりも明らかな魔力の差があれば、怯えて近寄らないのだ。だから何の心配もなく闊歩出来る。


「…良い空気」


 すう、と息を吸い込む。澄んだ空気が体の中に浸透していく。森の中だからなおのこと空気が美味しい。だけど、王都へ行っても空気は綺麗だ。…地球とは違って。


「当たり前よね。地球では科学技術が進歩していて、ここでは魔法が進歩しているんだもの」


 誰に言うのでもなく呟く。勿論返事は無い。だけど、それでいい。この世界の人間には私の気持ちなど到底理解出来ないのだから。同情してくれる人はいても、共感してくれる人はいない。同情なんてものを求めてなんかいない。私が求めているのは、向こうに戻る方法だ。
 クスリと小さく自嘲する。長い年月、ここで過ごし、帰る方法を探しているのにも関わらず手がかりは掴めていない。それでも諦めない私はなんて愚かなのだろう。恐らく、帰る方法など無いのだ。来たのが偶然なら、帰る確率は限りなく0に近いに決まっている。だけどその万が一に縋りつく私の、なんて滑稽なことだろう。
 無情にも過ぎていく時間の中で、帰りたい気持ちは一層強まった。このまま私が留まれば、いつかきっと想いが溢れてしまう。どうしようもなく彼に惹かれてしまうのだ。傍にいればいるほど、時間が経てば経つほど。早くしないと、手遅れになってしまう。彼が王族なら、尚更だ。


「…主よ、何がそれほど悲しいのだ」


 いつしか泉にまで来ていた。その泉の真ん中に浮かぶ、成人した女性はどこか浮世離れしている。彼女もまた、私と契約した精霊の一人だ。


「ツンベルギアか。何でもないわ」
「何でもないなどと、どの口が申すのだ?」


 私なんかよりよっぽど悲しそうな表情で近寄ってくる。瞬きをすれば水が落ちてきそうなくらい、泣きそうだった。何も言わないでいると、彼女は私を抱きしめた。そこに、人間のような温度はない。生きているのに、生きていない。ただ存在するだけの彼女達は、死という概念はなく、行く末は消滅でしかないのだ。それは、とても悲しいこと。
 私よりも高い身長の彼女は、すっぽりと私を腕の中に収めた。水色とも、紫色とも言えない美しい長い髪が私の頬をくすぐった。


「主の感情は、強ければ強いほど我らに影響を与える。契約している者なら尚のこと。今頃皆落ち着かないでいるだろうよ」
「知らなかったわ」
「わざわざ言うことでもあるまい。深い哀しみと絶望が伝わってくる」


 絶望、か。まさしくその通りだ。日本にいた頃の記憶を、懐かしいと思ってしまったことに絶望した。私はもう過去のこととしてそれらを受け止めてしまっているのだ。年の離れた妹も、豪快な母も、仕事人間な父も、親しかった友人も。時間がこれほど経てば当たり前なのだろうけど、納得は出来なかった。してはいけなかった。赦してしまえば、それまで。私は帰る気力を失ってしまう。溢れそうな想いの枷を失ってしまう。それだけは絶対に駄目なのだ。私はこの世界では不必要で、疎まれる存在で、異分子なのだ。…彼に添い遂げることなど、赦されない。

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