優しい黒魔女 | ナノ


▼ (033)

 王族だと知った上で普通に接する人間は、この世界にどれほどいるだろうか。少なくとも、自分は初めて会った。女性はこの顔と王族という肩書きに目の色を変えるし、男は男で腰を低く折って粗相のないよう努める。そういう態度に慣れてしまっていたが、マイコさんに冷水をぶっかけられた気分だった。なにも、変わらない。それがどれだけ僕を歓喜させたか、彼女自身は分かっていない。
 異世界から来たからだろうか。いや、たとえ異世界から来たとしても、きっとほとんどの者が目の色を変えるだろう。人間とは浅ましい生き物だ。なら、彼女が魔法使いだからだろうか。しかしそれも違うことを僕は知っている。王城に使える魔法使いどものほぼすべてが、僕を見ると膝を地につけて目を合わせないようにする。…やはり、彼女が彼女だからだろうか。
 延々と考え込んでいた僕は、チラリと叔父様を盗み見た。彼が惚れている女性がいて、それがかの有名な「黒魔女」であることは前から聞かされていた。一人の女に本気になるなんて、僕は心中で彼を嘲笑い失望していた。だが、本人を目の前にして、漸く彼女に惹かれた理由が分かった。すべてを受け入れてなお、普通に接してくれる女性など、他にいない。そして、これほどの美形に好意を寄せられて断る女性など。


「…不思議な方ですね、本当に」


 しみじみと思う。有能で最強、頭の回転も良く、冷静。そして自身を貫き揺るがない信念。利用価値があるかどうかを確かめる為に、クロッカスを引き合いに出して会いに来たというのに、とんだ計算違いだった。


「惚れるなよ」
「それは分かりませんね。僕の目にも充分過ぎるほど魅力的な女性に見えますし」


 これは、嘘だ。初めて叔父様に嘘をついたかもしれない。既に、僕はマイコさんに惹かれている。ああ、これが恋とかいうものなのか、とストンと落ちてきた。なるほど、「恋に落ちる」とはよく言ったものだ。だけど、同時に失恋した。なんという皮肉。初恋とはこれほど呆気なく散るものなのか。
 マイコさんと叔父様のやり取りを見ていれば分かる。叔父様が好意を抱いているのは勿論だが、マイコさんも少なからず好意を寄せているのはすぐに分かった。僕は出生が出生だから人の気持ちには敏感だ。これは、間違いない。彼女は、叔父様を好いている。どうして彼に頷かないのかまでは分からなかったが、何かしらの枷があるのだろう。
 恋を知って失恋を知った。諦めずに手に入れる努力をすることも出来るだろうが、しない。勝目の無い戦いであったとしても、相手が相手でなかったなら諦めなかっただろう。だが、相手は僕が唯一信頼している彼なのだ。叔父様の恋を応援したい。
 …幸せになってほしい。この、淡い淡い思いには蓋をしよう。


「大丈夫です。僕は叔父様を応援しますよ」
「…おう」


 彼は気まずそうに視線を逸らした。きっと大人気ないことを言ったと思っているのだろう。僕としては異性に対して無関心を貫いてきた彼には、良い傾向だと思う。それに、他の男に牽制するほどマイコさんに入れ込んでいるということだ。どうか、この不幸な男に幸福を与えてやってください。初めて欲したものを、叶えてあげたい。僕の忌まわしき父親のせいで何度死にかけたか。両手両足では到底足りないだろう。どうか、どうか―――。


「二人が通じ合う日が来るように、願っていますよ」


 彼らが寄り添う姿を想像して、ふわり、微笑んだ。

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