優しい黒魔女 | ナノ


▼ 025

「ローダンセ、スケトシア。説明してくれる?」


 二人は顔を見合わせて頷いた。ローダンセが一歩前に出る。どうやら彼が説明するようだ。


「つい先程のことなんですが、男つきの精霊が突然出てきて泣き出したのです」
「男つきってどういうこと?」
「どうやらあの怪我をした男は、火の精霊と契約を結んでいたようで」


 おや、とマイコは目を丸くした。基本的に精霊は契約をしない。理由は前に述べた通りだ。精霊は従事させられることを嫌う者だ。自分以外で精霊と契約している人間を見るのは初めてである。というのは一先ず置いておいて、泣いているという精霊を宥めるのが先だ。


「ジオ、申し訳ないけれど…ジオ?」


 振り向いてどこか座って待っていてくれと伝えようとしたが、何やら難しい顔をして考え込んでいる。怪訝に思って名前を呼ぶと、グラジオラスは眉を潜めたまま尋ねた。


「その男って、オレンジの髪か?」
「え、ええ。確かそうだったはずよ」


 最初は血塗れで分からなかったが、水属性の魔法で浄化した後は美しい橙色の髪が現れた。だが、それが何か関係があるのだろうか。首を傾げるマイコに、彼は笑みを浮かべた。それは凄絶に美しい笑みだったが、見惚れることはなかった。否、出来なかった、という方が正しい。オーラがとてつもなくドス黒かったのだ。


「魔物の森に入る馬鹿、それなりの実力者、火の精霊つき、オレンジの髪」


 スラスラを情報をあげていく。


「…知り合いだ、恐らく」


 彼の言葉にキョトンと目を瞬く。ならば話は早い、とマイコは頷いた。グラジオラスにその火の精霊を宥めてもらえば一石二鳥だ。火の精霊は大体が気性が荒い。下手をすればこの家を丸焼けにしてしまいかねない。感情が高ぶると魔力の放出を抑えきれない場合が多いのだ。マイコはにっこり笑って寝室を指で示した。


「マイコも来い」
「嫌よ、面倒じゃない」
「説明は一回で済ませたい」
「…関係があるのね?」
「ああ」


 分かったわ、と嘆息した。ポンチョを脱ぎリュックと一緒に椅子の上に置いてから寝室のドアを開けた。途端、大きな泣き声が耳を貫いた。スケトシアが防音の結界を張っていたらしい。これほど声が大きいとは思っていなかったため、彼女は顔を顰めた。男の傍でわんわん泣いているところを見ると、この精霊は生まれて間もないのだろう。多く見積もってせいぜい50歳ほどか。


「やっぱりか。泣き虫ユズリハ」
「…ぐら、じお…ら…?ヒック」


 グラジオラスの呆れた声に、ユズリハが振り向いた。驚きから大きく目を見開いて彼を凝視している。すると、知り合いがいることで安心したのか、じわり、目を潤ませた次の瞬間爆発音が鳴り響いた。もくもくと煙がたちのぼる中、マイコは溜息をついた。


「うん…そんな気がしたわ」
「…悪い」
「大した被害は無いから大丈夫」


 咄嗟の判断でユズリハに魔法防御の結界を展開したため、被害は皆無。あるとすれば魔力を跳ね返されてもろに全身で受けて気絶したユズリハくらいだ。ひとまず回復魔法を使って身体回復をしてやる。起こすと面倒そうなので気絶させたままで。


「…何事ですか?」


 むくりとベッドから起き上がった男は目を擦っている。右は綺麗な金の瞳、左は鮮やかな朱色。マイコも流石に驚いて「オッドアイ…」と声を漏らした。その声に気付いた男がマイコに焦点を合わせる。


「おやおや可愛らしいお嬢さん。私の名前はバッカリス。是非お嬢さんの名前をその可愛らしい御声で聞かせてくれませんか?」


 立ち上がってマイコの傍までやって来、跪きそう宣った。ヒクリ、と顔が引き攣る。


「…マイコ・サトウよ」
「ああ、小鳥の囀りのように愛らしい御声だ。マイコお嬢さん、どうか将来私と結婚してくださいませんか?」


 男は恭しくマイコの手をとりその甲に口付けた。


「ご丁寧にどうも。けれどお断りするわ。それに将来も何も、私はもう26歳よ」
「それはそれは!立派なレディでしたか。失礼いたしました。それならば是非とも今すぐに結婚してくださ―――」
「―――バッカリス、その辺にしておかないと殺すぞ?」


 にこやかに笑うグラジオラスだが、目の奥は笑っていない。しかも既に腰に提げた剣の柄を握っていて戦闘態勢だ。バッカリスは今気付いたとでもいうように微笑んだ。


「これはこれは奇遇ですね。ご機嫌麗しゅう」
「お前のおかげで機嫌はだだ下がりだ」


 手をとられたままだったマイコをバッカリスから剥がして自分の方に引き寄せ腰を抱く。その近さに慌てるよりも先に、「この生き物は一体何なのかしら。初めて見る人種(ジャンル)だわ」とバッカリスをまじまじと観察していた。


「マイコ、これはバッカリス・ミリテレジア。第二王子だ」
「…え」
「これって物扱いですか。酷いですよ、叔父様」
「へ?」
「俺はバッカリスの叔父だ。本名はグラジオラス・ミリテレジア。一応王弟だ」
「…は?」


 グラジオラスの言わんとすることを理解した、その刹那。


「―――はぁぁぁぁああ!?」


 大絶叫が森中に木霊したのだった。

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