▼ 023
「ああ、分かった」
彼は軽く首を縦に振って、マイコを目で促した。彼女はフードを被り直し、隣に並んで歩き出す。ふと隣を見やると、視線がグラジオラスの肩にぶつかった。地球にいた頃でも小柄だった彼女は、この世界では子供によく間違えられる。マイコの身長は153センチ(高校の時に測定したきりなので、もしかすると縮んでいるかもしれない)、それに対してグラジオラスは目分量でも180センチはゆうに超えているだろう。190センチに近いかもしれない。やはりこの世界の人間は全体的に彫りが深く、西欧の顔立ちでいわばソース顔が多い。マイコのようにアジア系の醤油顔はあまり見ない。というかこの6年で見たことがない。
最初の頃は多少劣等感を抱いていたものの、持ち前のマイペースさで気にならなくなった。だが体型だけは、ふとした時にチラリと頭を過ぎる。まあ、劣等感というよりも羨望ではあるが。女性も平均して160センチは超えている。多分、165センチくらいが平均身長なのだろう。なんとなくマイコにとって優しくない環境である。
「どうかしたのか?」
痛いほどの視線にグラジオラスが尋ねる。流石に不躾だったかと苦笑した。
「ここは不公平だと思って」
「何がだ?」
「身長」
端的に言い放つと、彼はキョトリと目を瞬いた後すぐに笑い出した。切実な問題なのに、と肘で小突くと更に笑い声が大きくなった。
「失礼ね」
「悪い悪い。…マイコのところはこっちより身長が低いのか?」
「私の国ではもう少し平均身長は低いわ。………それでも私は小さかったけど」
未だに笑いが収まりきらない彼を横目に憮然とした態度で言う。最後の言葉は小さく呟いたにも関わらず隣にはバッチリ聞こえたようで、再度笑いが零れた。
「見た目じゃあ多く見積もって15歳だよな」
「じゃあジオはロリコンってことかしら」
にっこりと黒い笑みを浮かべると、彼は笑いを止めて眉を潜めた。内心してやったり、と思っていると、唐突に腕を引かれ大通りから外れた人気の無い路地の壁に体を押し付けられた。思考が付いていかずに不思議そうに見上げてくるマイコの顔に、グラジオラスは身を屈めて自身の顔を近づける。互いの唇が触れるまで、あと3センチ。
「俺は一度とさえ子供扱いしたことはない」
真摯な男の目が彼女を射抜く。すぐ傍にあるはずの大通りのざわめきが、透明な壁を挟んでいるようにさえ思えた。吐息までもがかかるこの距離を、不思議と嫌だとは感じない。
…分かっているのに、分からないふりをする。本当の心に蓋をする。
「…私の年を聞いて驚いていたのに?」
「あー。それは、な」
動揺を悟られまいと平生な声を装う。それに対して彼は小さく苦笑を漏らした。
「驚きはしたが納得もした。容姿の割に中身が老熟していたからな」
「婆婆臭いってこと?失礼ね」
「違いない」
クッと喉の奥を鳴らした彼をねめつける。「だが」と言いかけてまじまじとマイコを見る。次に出てくる言葉を容易に予測出来てしまった。
「本当、変わらないよな」
言外に6年前と、と聞こえる。確かに自分の顔が童顔であることは重々承知だ。自分と比べて、グラジオラスは当時よりも大人っぽく落ち着いた雰囲気になったと思う。あの頃も大人びていたけれど、拍車がかかったような気がする。
「これでも気にしてるのよ」
「いや…まあそうなんだろうが。それとは別に、流石に変わらなさすぎないか?6年も経てばどこかしらに年齢が出てくるだろう?」
ギクリ、一瞬顔が強ばった。しかしすぐに消し去り「さあ」と首をすくめて見せる。彼は目を細めたが、何も触れずに流すことにした。誤魔化されてくれたことにホッとしたマイコは腕から器用にすり抜けた。
「早く行きましょう。この調子じゃあ日が暮れるわ」
背を向けて颯爽と歩きだした彼女を、グラジオラスはゆっくりと追いかけた。大通りのざわめきは、すぐ傍にあった。
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