優しい黒魔女 | ナノ


▼ 022

 カラリ、扉に備え付けられた鈴が澄んだ音を奏でた。


「マイコ?」


 店の主が不思議そうに首を傾げ眉を寄せた。どうやら店内に人は居ないようで、無駄な音の無い空間へと足を踏み入れた。無言でカウンターまで行き、フードを取る。この世界には存在し得ない美しく豊かな黒髪が波打った。


「マイコ?どうしたんだ?」


 普段とは異なる雰囲気を纏っていることに気付いたグラジオラスが戸惑いを見せる。緊張感の漂う中で、マイコは不意に頬を緩めた。苦々しい微笑に、僅かながら空気が緩む。


「…貴方は私に何を求めようとしているのかしら」


 質問というよりも自身に問いかけるような調子で言葉を連ねる。柔らかくなったはずの空気が、再び一瞬にしてピリリと肌を刺した。


「隊長さんに会ったの」
「…タイムか」


 厳しい表情で彼が唸った。きっとグラジオラスにとっては望まない展開であるに違いない。何事かを考え込む彼を見ながら、マイコは冷静に分析する。


(やはり知り合いだったのね。一体何者かしら)


 タイムは第一国王軍の隊長である。軍は第一から第五まで存在し、その中に入隊出来る者はほんの一握りのエリートだ。その精鋭の揃う国王軍の中でも、第一国王軍が一番勢力と能力が高い。超エリート集団で隊長の立場にある、と言えばタイムがどれだけ高い位にあるか分かってもらえるだろう。
 そんなタイムを、先程グラジオラスは呼び捨てにした。ということは対等かそれ以上の位を持っているということだ。ただの友人と言うには無理がある。マイコはまた謎が増えたと頭を抱えた。


「…どこまで聞いた?」
「虐殺のことを。…ジオは何をしようとしているの?」


 じっと彼を見つめると、観念したように深く息を吐いた。人の顔を見て溜息をつくなんて失礼ね、と言えば彼はそりゃそうだと笑った。一瞬にして張り詰めていた空気が霧散した。マイコも肩の力を抜いて微笑む。


「そうだな。ここで話すのには無用心が過ぎるな。場所を変えよう」


 グラジオラスは机上に広げていた書類を片付け、扉に”臨時休業”と書かれた札を掛けて振り返った。


「私の家に来る?その方が聞かれる危険性は無いし。…怪我人はいるけれど」
「いいのか?」
「ええ。王都から一旦外に出なくてはいけないけどね」


 王都内には魔力に反応し、軍に伝わる仕組みが張り巡らされている。だからこそヒッポグリフが出現した時、迅速にタイム達がやって来れたのだ。マイコでもその位置把握の正確さには感嘆する。
 …まあそれも、王が自身の身の危険のためだけに、そして魔法使いを突き止めるために作られたのだと思うと苛立つが。そういうわけで、王都では迂闊に魔法を使うことが出来ない。従って、王都の外に出なくてはテレポートなども使えないのだ。


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