優しい黒魔女 | ナノ


▼ (021)

 マイコが部屋を出てから数分。タイムは気配を感じなくなったところで深く息を吐いた。疲れた表情で前髪を掻き上げる仕草はなんとも色っぽい。くしゃりと髪を握り、額に掌を押し付けて背もたれに体を預ける。
 不思議な女性だと思った。前々からグラジオラスから聞いてはいたが、本当に掴み所が無い。グラジオラスも相当腹の内が分からぬ人種だと思っていたが、彼女はそれを上回る。独特な雰囲気は、共にいると肩の力を抜くことが出来る。
 しかしそれは謂わば、一線を越せていない証だ。絶妙な距離感を保つからこそ居心地が良いのであって、つまり素ではないということだ。タイムは早々から態度を改めて、本来の自分で接した。対してマイコは本来の自分であっただろうか?


「…あの御方より読めない人間など居るのだな。世間は広い」


 そう呟いたものの、そういえば彼女は元々異世界人であったなと考え直す。マイコの故郷では、彼女のような者が闊歩しているのか。もしくは彼女自身が特異な存在なのか。いずれにせよ、マイコという人間を気に入ったのは事実だ。


「男は手の届かないものに執着する生き物だからな」
「…男は単純ですね」


 割って入ってきた声に振り向く。タイムと揃いの白い軍服を着た長髪の女性が立っている。銀の糸が冷たい顔立ちを一層際立たせている。


「恋人の前で堂々と浮気発言ですか?受けて立ちますよ」


 くっ、と口の端を持ち上げ、腰に下げた剣の柄を掴む彼女に慌てる。


「浮気ではない。私はスーサ一筋だ」


 美女…スーサ・ジェノルはパッと剣から手を離して無表情に戻る。若くして隊長にまで上り詰めたタイムだが、第一国王軍紅一点兼副隊長である彼女には絶対に勝てない。本来、女子供であっても容赦しないが、唯一心底惚れたスーサにだけは剣先を向けることが出来ない。つまりスーサ限定の筋金入りのヘタレなのである。


「冗談ですよ、隊長」
「悪かった。だが私を信じてくれ」


 いつもより冷ややかさの増した声に、真摯に謝る。顔を上げてスーサの翡翠の瞳を見つめると、不意に目元が緩んだ。その小さな変化に気付くことが出来るのは、この世界でタイムだけだと言っても過言ではない。


「信じていますよ、タイム。そんなに慌てなくても大丈夫ですから」

 からかい混じりの声音に、漸く本気ではなかったことに気付く。


「…どこから冗談だったんだ」
「最初からです。タイムがどれだけ私を愛しているかは、私自身が一番よく知っていますからね」


 片や無表情、片やデレデレ。ピンクが漂う室内はいつものことである。開いていた扉を「やれやれまたか」といった様子で一人の同僚が閉めて去っていくほどには、彼等は公認のバカップルなのであった。


「それにしても面白い御方でしたね」
「ああ」


 どうせ気配を断って立ち聞きでもしていたのだろう、と軽くスルーする。


「あの御方に会いに行かれたのでしょうか」
「恐らくな」


 寄るところがあると確かに言っていた。これは独り言だと逃げ道を作ったのにも関わらず。彼女の進む先は優しくはないだろう。茨の道だと理解しながらも、飛び込んでいくのか。小さな体に宿した強大すぎる魔力は吉と出るか、凶と出るか。タイムにも分からない。


「この先、この国はどうなっていくのでしょう」
「誰にも分からない。ただ、良き未来を作るように努力するのみだ」
「…精一杯協力します」


 ふ、と微笑を浮かべた愛しい人に口付ける。触れるだけの拙いキス。二人は見つめ合い、小さく頷く。それが彼らの誓いの仕方であった。

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