優しい黒魔女 | ナノ


▼ 020

「そのリザリオ・ミリテレジアが即位して最初に行なったことがある。これは一般人は知らない。王の側近と実行者、あと私のような高位の者だけが知っている。何だか分かるか?」


 見当もつかない。マイコは静かに否を示した。


「魔法使いの虐殺だ」


 淡々とした口調で紡がれた内容に血の気が失せる。


「虐…殺」
「王は恐れた。自分の身を危うくするのは何なのか。考えて、思い浮かんだのが魔法使いだった。…”邪魔ならば殺せばいい”。安易だよな」


 言葉を失った。震える唇から漏れたのは細い息だけ。


「千人。千人だ。少なくとも千人いたはずが、今やたったの百人。王に逆らう者は片っ端から殺された。…一般人は知らない。王が隠蔽したから」


 残酷な真実に動転したマイコは、気分を落ち着かせようと冷め切った紅茶を一口飲む。ティーカップを持つ手が震えていることで、初めて体が拒絶反応を起こしていることに気付いた。
 マイコは魔物を殺めることに対して罪悪感が完全に無いとは言い切れないが、仕方の無いことだと割り切っている。そうでもしないと自分が殺されてしまう。それに魔法で攻撃することも理由の一つだ。剣のように生々しい感触が手に残ることはないからこそ、自分を責めずに済んだ。
 しかし対人になると話は別である。人を殺して仕方ないと思えるほど、臨機応変にはなれなかった。だからこそギルドの依頼であっても山賊の撃退などといったものは一度として受けていない。人が死ぬところを見るのが怖い。
 その一心で目を逸らしてきたというのに、叩きつけられた現実はあまりにも残酷だった。


「…急激に魔法使いが減少したことによって、世界各地で自然魔力が溢れ出した」


 自然魔力というのは植物や動物から、水や火などの無機質なものまで、存在するすべてのものに宿る極少量の魔力のことである。魔法使いは自身の魔力を主として行使する際に、自然魔力も全体の必要魔力の1%程度消費している。


「余った自然魔力が魔物の力を増幅したり、更には動植物から魔物へと変貌してしまっている」
「そして、暴走しているのね」
「そうだ」


 マイコは目を伏せた。滑らかな肌に長い睫毛の影が出来る。タイムには、何故だか泣いているように見えた。彼女は考えていた。その話を聞いたからには知らぬふりは出来ない。一般人は知らないと言うからには国家機密なのだろう。もう選択肢は残されていないし、自身でも覚悟を決めつつあった。


「…私が言ったことは独り言だ。あとは貴女次第」


 それでも逃げ道を作った彼を見て、ふっと幽(かす)かに笑った。


「お茶、ご馳走様」


 彼女は立ち上がる。タイムは目を丸くした。何か言いたげな彼に微笑んでみせる。


「寄るところがあるの」
「…そうか」


 ホッとしたような、申し訳なさそうな表情に見送られてマイコはその場を去った。


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