優しい黒魔女 | ナノ


▼ 019

「貴女はこの国、ミリテレジアについて何を知っている?」


 投げかけられた質問に対して、答えに窮す。正直に言えば何も知らない。中世ヨーロッパ風で、国民の頂点に立つのが王であること、貴族制度の実在…。その程度のことしか認識していなかった。自身にとって必要であることを必死に覚えてきたため、その他は疎かになってしまっていた。
 マイコは過去の自分に後悔しながらもゆるゆると首を振った。


「何も、知らないわ。王がいて、貴族がいる。それくらいしか」
「貴女の故郷には無かったのか?」
「ええ。私の国では、国民はすべて法の下に平等だったの」
「興味深い。それについてはまたの機会に聞かせてもらうとして、ミリテレジアの説明をしておこう」


 彼は至極残念そうに言った。興味を持たれるのは嬉しいので、今度に期待して頷く。


「ミリテレジアは長い歴史を誇る。前王は過去歴代の王の中でも賢王と呼ばれるほど優秀だった」


 タイムが懐かしげに目を細めた。瞳の奥に尊敬の念が見てとれる。


「貴族と平民の格差をなくすために奔走し、まだ手が行き届いていなかった地方の整備にも力を入れておられた。当然、国民からの支持は圧倒的だった。しかし10年前に惜しくも崩御なさった。そして王位を継いだのが現王、リザリオ・ミリテレジアだ」


 現王の名前は流石にマイコも知っている。王都に行けば少なからず耳に入る名前だ。だが、あまり良い噂は聞かない。50歳近いはずなのに女遊びが激しく、後宮には二桁を超える后がいるという。…直接関係があるわけではないが、話が本当だとすると女として許し難い。


「…ここだけの話、前王の血を受け継いでいるとは思えない愚王だ」


 忌々しいとばかりに顔を顰める彼に、マイコは思わずキョロキョロと周りを見回してしまった。幸い、部屋には誰もいないので聞かれることはなかった。しかし人がいないからといってこんな所でそう軽々と王の悪口をたたいていいものかと危惧するが、マイコの考えに気付いたタイムは構わないと首を振った。


「どうせ思っていることは皆同じだからな。咎める者などここにはいない。…貴族でもいれば話は別だが」
「…噂は本当なの?」
「噂がどんなものなのか全てを把握しているわけではないが、ほぼ合ってるだろうな」
「女の敵だわ」
「それ以上に国民の敵だ。豪遊のために増税したのが決定打だったな。前王の努力が水の泡だ。これでは格差は広がるばかりである上に、貴族は立場が危ういからと王の肩を持つし」


 頭を抱える彼に同情の眼差しを贈る。立場の高い彼が貴族の嫌味を受けていることは簡単に想像出来た。


(身分差別、か。今やっと実感したわ)


 頭では理解していても、本質的にはまだ分かっていなかった。しかし、現実問題として突きつけられて漸く目を背けてきたものと向き合った。自分の身に降りかかることなのだ、と改めて気づかされた。
 日本にいた頃とはわけが違う。テレビの中の出来事でも、空想の小説でもない。当事者になってしまえば、他人事だと言っていられない。ここは異世界なのだから。

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