▼ 017
「一つ、聞いても良いかしら」
「答えられる範囲なら」
マイコはすうっと目を細めて彼を見据えた。ぐるぐると頭の中で渦巻くのは先程の会話の片鱗から覗いた違和感。この男は詰めが甘いわけではない。わざとだ。わざと、気付くように仕向けた。
「貴方は”異世界人だと聞かされている”と言ったわよね」
質問には答えずに左の口端を器用に持ち上げた。それだけで充分だった。
「誰に聞いたの?」
悪戯を思いついたような活き活きとした表情でテーブル越しに近付いてくる。デジャヴだと気付いた時には既に遅し。カップに添えていた手を掴まれて体を固くする。咄嗟に身構えようとするが、彼の方が一拍早く手前に引き込んでマイコはバランスを崩した。慌てる彼女の耳元に唇を寄せ、艶やかな声音で囁いた。
「ヒントは”赤”だ」
氷が背中を滑るような感覚に、屈強な体を強く押し返して耳を塞ぐ。全力で睨んでも当の本人はどこ吹く風。小さく息を吐いた後、言われた言葉を反芻する。“赤”を想像して思い浮かぶのは、ただ一人。
「…ジオ」
「後は本人に聞いてくれ。これ以上言うと私が怒られる」
難しい顔で黙り込んだマイコに声を掛けるが、聞いているかどうかは定かではない。別に、異世界人だということを口止めしていない。信頼していたし、もし裏切られたとしても自分が甘かったというだけだ。ただ、納得はしていなかった。グラジオラスがマイコに不利益なことをするとは、どうしても思えなかったのだ。
(何か考えでもあるのかしら)
赤髪の美丈夫が不敵な笑みを携えてこちらを向く。その顔の裏に、一体何を隠しているのだろうか。
「貴女に害を与えることはない。深く考えずとも良いんじゃないか?」
「…そうね」
少し引っ掛かるが、タイムが話を戻したことによっていつしか消えてしまった。
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