▼ 015
あれからタイムと共に馬に乗り数分駆けた後、国王軍の寄宿舎にある一室に通された。マイコは違和感の残る尻をバレない程度にさすってからフカフカのソファに腰を下ろす。間髪を容れずに洒落たガラスのテーブルの上に音無く出された紅茶に口をつける。カップを受け皿に置いたのを見計らってタイムが軽く頭を下げた。
「お忙しいところ、態態申し訳ありません」
ピクリとも表情筋を動かさない彼が本心から言っているのか計りかねる。ただの堅苦しい男だと言ってしまえばそれまでだが。
「構いませんよ。あの、魔物の処理はどうするんですか?」
「後処理は私共でやらせていただきますので心配は御無用です」
そうですか、とマイコは頷いて再びティーカップを傾ける。波紋の広がる薄茶にタイムとそう変わらない無表情の自分が揺れていた。内心で何を考えているか分からない相手に愛想を振り撒ける程、人は良くない。こちとら「黒魔女」と裏で囁かれようとも歴とした人間なのだ。聖人君子であるはずもない。
「本題ですが、貴女から状況説明を御願い出来ますか」
語尾が上がっていない。向こう側でマイコが拒否するなど頭に無いようだ。大人しくここに連れられてきた時点で話すつもりだったが、こうもあからさまに見下されていると気分が悪い。しかしここまで来ておいて話さないだなんて往生際の悪いことをするつもりもない。そこまで心が狭いわけでもないのだ。
「用事を済ませて家に帰ろうと考えていると、女性の悲鳴が聞こえまして。振り向けば魔物が女性を襲おうとしているところでした」
目で促されて続きを整理しながら紡いでいく。
「私の判断で、女性と周囲の一般人を避難させるためにドーム型の結界を張って退治しました」
ドアの傍に立つ軍服姿の男が何やら紙に羽ペンを滑らせている。きっと報告書だろう。マイコが話し終えた後、小さく会釈をして部屋から立ち去った。これで、目の前の男とマイコの二人きりだ。張り詰めた空気の中、彼が重々しい口を開いた。
「貴女は、どう思う」
「何についてかしら」
敬語を取っ払ったタイムに、言葉の真意に気付かぬふりをして返す。男は僅かに眉間に皺を寄せる。
「私は、私を嫌う人間に好意を持てる程、出来ていないわ」
マイコは男に対して初めて笑顔を向けた。だが、それは表面上だけで、決して好意的なものではない。明白に嫌味と取れるように、ゆっくりと優しく皮肉を引き出す。この程度のことで激昂すれば、それまでだ。軍の上に立つ者としての懐など知れている。
自棄に優しげな作った笑みを浮かべながら、表情の変化を見逃さぬようタイムを注意深く観察する。
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