▼ 014
「…やり過ぎたかしら」
自分に回復魔法を掛けて、ボロボロになった衣服を時間を巻き戻し直してから、黒い物体に近付く。本来、ヒッポグリフは滅多にお目にかかれない珍しい魔物だ。状態が良ければ羽根や皮を剥いで素材として売れば結構な高額になる。しかしこの状態では期待するだけ無駄だろう。マイコは手加減すべきだったかと今更ながらに後悔しながらも、良い運動になったとスッキリした面持ちで原型を留めていない物体を見下ろした。
「―――魔物が出たと連絡を受けたのだが、これは一体…?」
後ろから掛けられた呆然とした声音にマイコは肩を震わせた。恐々と振り向けば、軍の制服を着用した男が数名。それも、白地に金の刺繍が入っていることから王軍の者だということが分かり、顔を歪めた。筆頭らしき男が前に進み出てマイコと目線を合わせた。逃れられないと判断した彼女は小さく息を吐いてドーム型の結界を解除して同様に進み出る。
「第一国王軍隊長、タイム・ナスタチウム。貴女は?」
「…マイコ・サトウと申します」
隊長と聞いた瞬間、心中で顔を顰めるが表面に出す訳にもいかず、作った笑みを浮かべて名乗り淑女の礼をとった。タイムと名乗った軍人は探るように目を細めて彼女を見据える。
「…対人の際は顔を晒すのが礼儀だと私は考えているのですが?」
要するにフードを取れ、と言っているようだ。少しの逡巡の後、確かに顔を見せないのは礼儀に反する上に、変に勘繰られても困るのでマイコは大人しくフードを下ろした。途端に軍人達の間にざわめきが広がる。タイムもほぼ無表情だった顔を動かして驚きを象った。
「黒魔女殿でしたか。御無礼をお許しください」
すかさずタイムは膝を地面に付けて頭を下げた。それに慌てて付き従い、数名も同じように頭(こうべ)を垂れる。
「私は王城に仕えている訳ではありません。ですから頭を下げられる理由はありません。お立ちください」
「そう、ですね。お言葉に甘えて」
立ち上がった彼等に微苦笑を浮かべる。どうしてこうも堅苦しいのだろうか。職業柄というなら、仕方の無いことかもしれないが。
タイムは無表情に戻り、マイコの後ろにある黒い物体をチラリと横目で見てから口を開く。
「説明していただいても?」
どうやらすぐには返していただけないようだ。マイコは溜息をつくのを堪えて首を縦に振った。
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