優しい黒魔女 | ナノ


▼ (012)

「懸念は要らないと思うが」


 伝えられれば良いのだろうが、彼女はそれを望まない。だから俺はやんわりと言うしか術が無いのだ。マイコは苦しげに顔を歪め、次いでリュックから袋を取り出しカウンターのテーブル越しに手渡してきた。ここで何も言わず受け取るのも、何だか面白くないような気がして、俺は手首を掴んで己の方へ引っ張った。
 予想もしなかったのだろう、驚いた彼女はされるがままで、その様子に少なからず満足した俺は彼女のしなやかな指先に口付けた。


「そろそろ恐れるのは止めたらどうだ?」
「お、それる…?」


 一体何を、と顔に書かれている。瞳が僅かに揺らいだのを見逃さなかった。マイコはきっと、心底では気付いている。ただ気付かないふりをしているだけ。


「…こう見えて俺は執着が強い性質(たち)でな。本気だってことを覚えておいてくれ、マイコ」


 ふ、と目を柔らかく細めてそう言い放ち、もう一度指先に唇を寄せた。彼女が生きてきた世界で、指先に口付ける意味が同じかどうかは知らない。ただ、同じだと良いと思う。この真意に気付いて欲しいと思うし、気付かなくても良いと思う自分もいる。
 呆然と見開かれた目に小さく笑って手を離す。胸元で握り締められた手を名残惜しくも思うが、これ以上は止めておこうと振り切った。


「これ、今日の分。最近売れ行きが良くて追いつかないから来週からもう少し多く持ってきて欲しい。時間がキツいならあれだが、値段を上げても良いだろ。構わないか?」
「…ええ、平気よ。値段も変えなくて良い」
「そうか?ただでさえ安価なんだからお前も生活が大変だろう」
「今のままで充分よ」


 前もって用意しておいた金を渡す。値段についての計算を脳内でしていると止められた。ただでさえ安いのに、これ以上無理をさせるのも嫌なのだが。
 そう考えて渋い顔をしていると、今の最低限の値段でも金に困ることはないし、足りなくなればギルドにでも行って討伐の仕事を受ければ事足りる、と説明された。いや、だから…。


「…さっき言った事ちゃんと覚えてるか?」
「あ」
「頼むから無茶だけはしてくれるな。傷の一つでも作ったら問答無用で金を受け取らせるからな」


 本当に、分かっていないな。どれだけ俺が気を揉んでいるのかなど、彼女には関係無いのだろうが。


「後、討伐に行く時は一言俺に言ってくれ」
「どうして?」
「どうしてもだ。良いか、絶対だぞ」
「え、ええ。分かったわ」


 戸惑いつつも了承したマイコにニヤリと笑む。一応俺も最低限、剣の腕には自信がある。討伐を申し出た時には無理やりにでも着いていってやろう。



「―――時間があるならお茶でもどうだ?」
「お誘いは嬉しいけど、怪我人が居るから今日は止めておくわ」


 少し話をして、丁度頃合だろうと誘いをかけてみたがやんわりと断られた。まあ確かに怪我人を放置して茶を楽しめることはないだろうしな。仕方がないか。


「じゃあ、そろそろ。来週は多めに持ってくるわね」
「ああ、そうしてくれると助かる」


 返事はせずに小さく微笑んでみせたマイコを、無性に抱きしめたくなった。彼女の全てを、自分のものにしてしまいたい。独占欲よりも、もっと黒いドロドロとしたものが心を支配する。
 我ながら狂気染みているな、と内心で苦笑いする。方向転換をしてドアノブに手を掛ける彼女に、声を掛けた。


「また来週」
「ええ、また来週」


 毎回変わることのない、なんとなしの口約束。けれど彼女を縛れる、小さな小さな縄。当人は気付いていないだろう。顔を綻ばせて店を出たマイコの後ろ姿を、飽くまで見つめていた。

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