優しい黒魔女 | ナノ


▼ (010)

 朝、陽が昇り人々がそろそろ活動的になる頃。俺はいつも通り店のカウンターに立ち、書類と格闘していた。ドアに取り付けてある鈴がカランと鳴って来訪を告げる。こんな時間に来る人物はあまりいない。大抵は昼を過ぎてから来るから、この時間帯に来る者は限られてくる。その上、今日は一週間に一度の大事な日。誰が来たかなんていうのは愚問である。


「―――お早うございます」
「ああ、お早う。一週間ぶりだな」
「ええ」


 女性らしい凛とした聞き惚れる声が、俺以外誰もいない店内に響く。年甲斐もなく喜々として高鳴る心臓を鎮めようと努めながら声の主に視線をずらす。シンプルながらも上品なレースをあしらったブラウスに薄桃色のポンチョ、膝下5cmの桜色のプリーツスカートに皮の編上げブーツ。毎度思うのだが、センスが良い。
 女が俺を視界に認めてフードを脱いだ。現れたのは、様々な地方から集まる王都でも見かけない顔立ち。大きな黒い瞳は常常濡れているように光を放ち、吸い込まれそうだ。少し低めの鼻がまた愛嬌がある。思わず触れたくなるほんのり色付いた唇は、きっと柔らかいのだろう。
 そして目を引くのは漆黒の髪。黒に近ければ近いほど魔力が強いとされるこの世界では、一目で彼女の魔力保有量の多さを見抜くことが出来る。王城に仕える魔法使い達の中を従える、一番と謳われる魔法使いでさえも藍色なのだ。絶対に存在することのない色。前代未聞な黒を持つ彼女、マイコ・サトウは6年前に突然現れた異世界人である。
 それこそ当時は大変だった。突然店に眩しい光が視界を遮り、目が慣れるまで待ってから見渡せば、なんと床に15歳前後であろう黒髪の少女が横たわっているではないか。珍しい容貌と黒髪に驚きつつも近寄ってみれば、気を失っていて血の気もない。このまま放置するほど非人道ではないから、厄介事の匂いがプンプンするこの少女を、兎に角看病することにしたのだ。
 甲斐甲斐しく世話をして目を開けぬまま3日が経ち、漸く健康的な肌に戻った少女が起きたと思えばチキュウのニホンという国から来たと言い出す始末。信じろという方が無茶だったが、揺れる漆黒の瞳には不安が宿っていて嘘をつくようには到底思えなかったから信じることにした。その後、すぐさま彼女が真実を述べていたことに嫌でも気付かされた。常識という常識全て知らない様子、と思えば聞いたことのない単語や鋭い観察眼、考えもつかなかった考え方に舌を巻いた。俺はそれから常識を教え、彼女から知識を得ていったのだ。
 …そうか、あれから6年も経ったのか。なんだか感慨深いものがある。


「どうだ、相変わらずか?」



 脱ぐ際に少々乱れた長い黒髪を手櫛で整えて後ろに払た時、彼女の白い項が露になる。異国を彷彿とさせる年齢にそぐわない幼い顔立ち故に、普段は少女然としているマイコだが、ふとした時に女を感じさせる。まあ、幼いのは外見だけで物腰の柔らかさや回転の速さ、膨大な知識量は年相応…否、同年代よりも老熟している。
 香り立つ女の色気に鼓動が速くなる。俺の内心の思いに気付かないマイコはふわりと笑った。

prev / next

[ back to top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -