優しい黒魔女 | ナノ


▼ 008

「時間があるなら茶でもどうだ?」
「お誘いは嬉しいけど、怪我人が居るから今日は止めておくわ」


 留守番してくれている精霊達を思い浮かべながら緩く首を振る。「そうか」と残念そうに目尻を下げてグラジオラスは頷いた。マイコは一つ息を吐いてトントンと腰を叩く。


「じゃあ、そろそろ。来週は多めに持ってくるわね」
「ああ、そうしてくれると助かる」


 マイコは小さく微笑む事で返事をし、フードをまた被り直す。方向転換をしてドアノブに手を掛けると、再度艶のある低音ボイスが呼び止めた。


「また来週」
「ええ、また来週」


 毎回変わらない、なんとなしの口約束。慣れたもので、二人自然と顔を綻ばせながら片手をひらりと振った。そして今度こそ外に踏み出した。
 グラジオラスの店を後にして、少し歩いた所にある大通りに出た。そこは王都らしく往来が激しく、多くの店が立ち並び活気に溢れている。人通りが多過ぎるせいか、顔の見えない格好をしたマイコを通りすがりの者が不思議そうに見るだけで、大して注目を集めていない。人混みは苦手であるが、注視されないことに内心ホッとする。
 出来るのならば、髪色を魔法で変えて堂々と歩きたいところだが、そうもいかない。妙なことに、この世界では容姿変形系の魔法は存在しないのだ。恐らく必要が無いから、という安易な理由だと思われるが、マイコにとっては不便で仕方無い。無いのならば作ってしまえばいいと考えるが、これに関してチートは働いてくれないのである。非常に悔しい事ではあるが、そういうものだと既に諦めていた。


「おや、いらっしゃい。マイコちゃん」
「こんにちは、フリージアさん」


 行きつけの八百屋の女主人がマイコに声を掛けた。体格が良くふくよかな彼女は、マイコの実母と雰囲気が似ているため、懐かしさと安心感を与えてくれる。豪胆で大らかな性格もそっくりだ。そしてフリージアは、マイコが異常な魔力保持者であることを知っても、最初に会った時と変わらない態度で接してくれるため信用している。心を許す数少ない内の一人だ。

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