▼ #3
さわさわと心地良い風がいたずらに草花を揺らす。瑞々しい緑と空の青とのコントラストはおれにはとても眩しく見えた。
四月。桜が咲きあっという間に散っていった。この儚さが美しいだなんて、昔の人はよく考えつくものだ。今年は雨によって満開直前の桜の花びらが散ってしまった。先輩と近所の公園で花見をする予定だったのだが、それも雨でおじゃん。…別に寂しくなんてないし。
代わりに先輩の家にお邪魔させてもらった。優しそうに微笑むおばちゃんは、おれの母親にはない品があった。こんな親のもとに産まれると先輩が形成されるんだなぁとぼんやり思った。
おばちゃんがなぜ先輩の弁当を作らないのか問うと、壊滅的に料理ができないとのこと。恥ずかしそうに笑いながら出前でごめんね、と夕飯に寿司をご馳走になった。美味しかった。
おばちゃんと交流する他は先輩の部屋でゴロゴロとまったりしていた。学校では出来ないからと先輩がぴっとり引っ付いてきたのには驚いた。そういうことをする人だとは思っていなかったから余計に。
久しぶりにしたキスは、先輩がいれてくれたカフェオレの味がした。重ねるだけのキスも、大人のキスも、たくさんされた。そのうち先輩の手の動きがやらしくなって…。
「どうした?」
先輩の声にハッと我に返る。顔が赤いよ、と彼がおれを覗きこんだ。
「なに、考えてた?」
目を細めておれを射抜く。この目には到底逆らえないことを、今までの経験から知っていた。
「…、日曜日のこと」
「ああ」
ぼそぼそと答えれば、思い当たったのか先輩は目元を和らげた。口角を持ち上げた艶っぽい笑みに固まる。
「 俺 は い つ だ っ て、食 べ た い よ? 」
「ッ!!!」
先輩は低く耳元で囁き、おれの耳朶を食んだ。びりりと背筋に電気が走り下腹部にずっしりと熱が溜まる。顔がみるみる赤くなるのを自覚して両手で顔を覆った。
あの日まで危機感なんてなかった。おれの身体なんて興味ないだろうと高を括っていた。そんなの、男の顔をした先輩を見れば脆く崩れ去った。そういう対象としておれを見ていることを知り羞恥に頭がいっぱいになって先輩の腕の中から慌てて抜け出したのは記憶に新しい。
「大丈夫、ちゃんと待つよ」
「…、」
「ね?」
「…はい、」
先輩の腕から解放されて風が頬を掠める。ついさっきまで肌寒かったはずが、今はその風が冷たくて気持ちよかった。
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