アストロノート | ナノ


▼ 003

 瑞々しい緑がナートの視界を埋める。時折横切る動物達が愛らしい。底無し鞄の中には充分な食糧があるので特に狩りをすることもなくのんびりと下山していく。
 右も左もわからなかった頃は、この山を行き来することも困難だった。日本という文明社会で日常的に体を酷使することのなかった一般人のナートが、息切れすることもなく家と麓の村とを往復出来るようになったのは随分とかかった。
 今は山の歩き方も把握しサクサクと進んでいく。時々目の端に映った薬の材料となる薬草を摘みながら、1時間程で村へと辿り着いた。
 先日旅立つ旨は村人達に伝えたが、もう一度挨拶すべきだろう。村といえども小さな集落といった感じで、柵や塀などの区切りもない。隣接しているナートが住んでいた山は恵みの山と呼ばれているほど豊かなので動物が村を襲うこともほぼ無いのだ。


「ナート!」


 太陽が昇り始めたばかりの早朝であるのにも関わらず、目敏くナートを見つけて駆け寄ってきたのは村長の息子である同年代のベネデット。勝気そうな瞳の印象的な快活な青年である。ナートがあまり言葉を話せない時に根気強く様々なことを教えてくれた内の一人で、今ではすっかり親友となっていた。
 ナートはベネデットを見ると口元を綻ばせた。


「もう行っちゃうのか?」


 眉を下げて寂しそうにナートを見るベネデット。いつか帰ってくる気ではあるけれど、それがいつになるのか明確にはわからない。それを悲しんでくれる人がいることが、この世界でのナートの居場所をしめしてくれていて嬉しく思う。


「うん。…寂しくなるね」
「…俺も一緒に行きたいけど、それは出来ないから」
「そりゃそーだ」


 ゆくゆくは村長を継ぐベネデットが、この村を離れるわけにはいかない。期間が決まっているのならまだしも、目的すら定まっていないナートの旅についてゆくわけにはいかないのだ。ナートは苦笑を浮かべた。


「いつか、帰ってくるから」
「…そう、だな」


 柔らかな微笑を浮かべたナートを眩しいものを見るように目を細めた。ベネデットが初めてナートに会った時、世界に一人取り残されたような感情の欠落した少年だった。こうした穏やかな笑みを浮かべるようになって、ベネデットは安堵したものだ。それはベネデットだけでなく、薬師の婆も村の者達も同じ気持ちだっただろう。
 一人で旅に出ると聞いた時は驚いたものの、閉鎖したこの村だけでなく外の世界に興味を持ち、足を踏み出すほどにまで成長したのだと思うと感慨深いものがあった。本当ならばナートについていきたいが、そうもいかない。ベネデットに出来ることは彼の無事を祈りつつ、立派な村長になれるように精進することだ。


「いってらっしゃい。気を付けろよ」
「ありがと」


 2人、長い抱擁の後に笑いあった。いつか、また。そう言葉を交わして、振り向かずに村を出ていくナートの後ろ姿が見えなくなるまでベネデットは見送った。

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