アストロノート | ナノ


▼ 002

「…こんなもんか」


 最後にお金を魔法のかかった底無し鞄に詰め込んで、息を吐き出した。冬は越え、雪が溶けて春がやってきた。色のない世界から一気に若葉が芽吹いていた。
 この世界で親代わりとなってくれた老婆の死後、彼女の遺言通り死体を庭の木の根本に埋め、静かに冬を過ごした。冬を越すまでの間、ひたすら薬の調合に明け暮れた。
 老婆はこの家が建つ山の麓にある小さな村と、薬を物々交換して暮らしていた。薬師のいない村にとって、老婆は無くてはならない存在だった。しかしその老婆も年には勝てなかった。長く生きすぎた、と口癖のようにつぶやいていた彼女は静かにこの世を去った。
 老婆に引き取られたナートは、彼女の後を追うように薬を作り始めた。弓の使い方も教えてもらい、野兎や鹿を狩って食料を調達した。以前は想像もしなかった獲物の解体も、嘔吐することもなくなった。
 生活に役立つ魔法も教えてもらった。老婆のもとを訪れる村人たちと交流することによって、ぎこちなかったこの世界の言葉も流暢になった。
 いつだったか、大層立派なきらきらしい格好をした騎士のような男に会った時、言葉遣いが汚いと言われ、有無を言わさず特訓させられたこともあった。随分と直された後、満足そうに頷いた彼は老婆から頼んでいた薬を受け取って去っていった。
 すっかり何もなくなった家を見渡すと、思い出が次々に蘇る。老婆を失った時は、まさか自分がこの家を手放すなんて想像もしたくなかった。だが、確かにこの世界を自分の目で見て回るという欲望は、心の奥底にあったようだ。彼女の遺言に後押しされて、長年の夢を叶えようとしていた。


「よっこいしょ、と」


 もう今は、母国語が咄嗟に口をつくこともなくなった。少し寂しいような、誇らしいような気持ちになる。ナートは独り言がついつい多くなってしまったなぁと苦く笑った。


「薬は十分に作ってあるし、古くなった食材も処分した」


 最後の最後にひとつずつ確認する。薬は村に持っていくという手もあったが、手を伸ばしたすぐそこにあると人は怠けてしまうだろうと思い、この家に置いていくことにした。
 家に張り巡らされている結界には、悪意を察知すれば立ち入りができないように上から書き加えておいた。その旨はもう村人に伝えてある。心根の優しいあの人たちなら、きっと心配はいらないだろう。


「―――いってきます」


 満足したら、また帰って来ればいい。それまでは、エヌ婆に留守番していてもらおう。

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