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「まああいつに仕込まれたんやったら腕もエエやろ」
ディートヘルトの科白にナートは困ったように首を傾げた。自分の薬の効き目がどれほどのものなのかはわからない。
しかし最初の頃は"これは薬じゃない"と老婆にぶっ飛ばされていたことを思えば、薬の調合を任せてくれるようになったのは腕を認めてくれていたのだろう。
とはいえどもやはりエレオノールが作る薬の方が効き目があったように思う。彼女の作る薬は劇薬を疑うほど即効性があった。
対してナートの作る薬はじわりじわりと効力を発揮する。材料も作り方も婆に教えてもらった通りにやっているのに婆とナートの薬はまるで違う。そんな話をディートヘルトにそれとなく伝えた。
「薬っていうのは不思議なもんで作り手に影響されるんや。エレオノールの薬は知っての通り即効性だがその反動がきつい。あいつは力にモノを言わせるタイプだやからな、性格が出てるんやろ。アンタは話を聞く限り、効果が出るのが遅くとも副作用は少ないんちゃう?」
実際に見てみないことにはわからんけど。デイートヘルトはそう言って茶を飲み干した。彼が立ち上がるのを見てナートも慌ててカップを傾けて立ち上がった。
「道具は持ってきとるんか?」
「はい」
「結構」
ディートヘルトは満足げに頷いた。少年が開けたドアの向こう側は、先ほどまでのカントリー調の部屋とは打って変わって草の青臭さと消毒液が混ざったツンとした刺激臭がナートを襲った。普通の人間なら好まないような空間であったが、この世界に落ちてから幾数年も身近にあったこの薬師ならではの匂いを、ナートは嫌いではなかった。いや、むしろ自分のパーソナルスペースのような安堵を覚える。そこでようやくこの世界で生きた年数が自身に馴染んでいることを自覚した。
(だからといって何かが変わるわけではないけど、)
少し寂しいような。ナートは胸に手を当てて俯いた。この鼓動も動揺することなくすっかりココに馴染んでしまった。あれほど焦がれていた日本が、いつの間にか壁一枚隔てた向こう側に行ってしまったような気がしてざわりと胸が騒ぐ。
異世界に落ちてから五年。されど五年。決して短い年月ではない。今更帰れるという希望を持っているわけではないがしかしどこか心の奥底で願っているのは紛れもない真実だ。
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