アストロノート | ナノ


▼ 009

「ふーん…アンタ、エレオノールの弟子なんや」
「お知り合いですか?」
「まあな」


 ふんっと鼻息を荒らげてそっぽを向くディートヘルト。何か気に入らなかったのだろうかとナートは首を傾げた。顔を正面に向けたディートヘルトがしげしげと目の前の凡庸な男を見つめる。


「あのエレオノールが弟子をとったって風から聞いとったけど、あれやね、アンタ、ふつうやな」
「...」


 開口早々なぜ美少年に失礼なことを言われているのだろうか。ひくりと口の端が震えた。


「ああ、別にけなしているわけちゃうよ。あの破天荒についていけるやなんて、どんな奴やろって思っとってん。キミのようなヤツやとは思ってへんかった」
「あー」


 気分を害したら悪かったな、とアッサリ頭を下げるディートヘルトに少々慌てるが、会釈したような軽さでさっさと元の体勢に戻した。ディートヘルトの言うことに納得するしかないのは、なんとも微妙な気分だ。
 彼の言う通り、エレオノール・ジャネットという人物は、好々爺、もとい好々婆然としているのにも関わらず、何事にも全力で体当たりする人で教えるのには向かない実践派なのだ。
 分厚い薬草辞典を持ち出して、一日で暗記しろと言われた翌日に辞書を取り上げられてアレとコレとソレを採ってこい、だなんて無茶なことを言い出すひとなのである。更に採れるまで帰ってくるなと言う始末。ふつうに獣がうろうろしている山に身ひとつで放り出された時は流石のナートも泣きそうだった。


「…今こうして生きていることが奇跡だと思います」


 だが実際にあの時はエヌ婆についていくのが必死で、他のことなど頭に思い浮かばなかった。ホームシックになって泣く間も、狂いそうになる間もなく寝具に潜り込めば夢も見ずにストンと眠りにつけた。
 気づいたらもうその暮らしには慣れていて、心にぽっかり空いた穴を感じても感情が高ぶることはなかった。そういう点では、老婆の指導方法はナートにとって合っていたのかもしれない。
 今はもういないエヌ婆の姿を思い浮かべて、懐かしさに目元を緩ませた。ディートヘルトがいれてくれた茶の水面にうつる自分を見やり、何事もやろうと思えばなんとかなるもんだと小さく微笑んだ。

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