▼ 008
賑やかさに拍車をかける街の様子を尻目に、ナートは息をついた。ギルドの受付嬢から街の薬師の家の地図を受け取り、さあ宿を探そうと街にくりだしたわけなのだが。
「宿がとれない…」
どうやらその祭りのおかげで宿も盛況らしく、空いていないのだとことごとく門前払いをくらってしまったのだ。仕方がない、と再度息をついて地図を鞄から取り出した。
この街にただ一人の薬師というのはどのような人物なのだろうか。受付嬢は老師だと言っていた。そう言った彼女の瞳に尊敬の念が見てとれた。もしかしたら老婆のことを知っているかもしれない。
「ここ、かな」
カントリーハウスのようなどこか素朴で可愛らしい建物。この中に老人が住んでいるのかと思うとなんだか違和感が拭えない。首を傾げながらドアのベルを鳴らした。
「へいへい」
ボリボリと頭をかきながら出てきたのは、ナートよりも年若い少年だった。予想外の容姿に戸惑ったが、老人の血縁者だろうかと思い口を開いた。
「すみません、こちらはディートヘルトさんのお宅でしょうか」
「ボクがディートヘルトやけど」
「…え、と」
ナートは頭上にハテナマークを浮かべた。
「他に住んでいらっしゃる方は…」
「ボクだけやで」
「…あなたが薬師様ですか?」
「ボクやったら不満?これでも君の5倍は生きてんで。ギルドから来たんやろ、入り」
さっさと扉の奥に消えた少年、ディートヘルト。ナートは彼の耳が尖っていることに気づき、複雑な表情を浮かべた。
生まれて初めて出会ったエルフにファンタジーだ、などと感動する暇もなかった。なんだろう、エルフってもっと神聖なものだと思っていた。男女共に儚げであり知的であり排他的な種族だと認識していたのだが、ディートヘルトは確かに美しい顔立ちをしているものの仕草に品がない。それになぜ関西弁なんだ。
百聞は一見にしかずだとつぶやくと、再度ドアが開いてディートヘルトがひょこりと顔を出した。
「何してるん。早よ」
「あ、はい」
眉間に皺を寄せてナートを睨んでくるディートヘルトはどう頑張っても小生意気な美少年にしか見えなかった。
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