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「チッ。避けたか、ユン=エティンセル=マークィス」
「危ないよー。ヴァン=ラ・シエル=グランドデューク」


 舌打ちをして顔を歪めたのはヴァンだった。ヴァンにユン=エティンセル=マークィスと呼ばれた男は不敵に笑って頬に垂れた血を乱暴に拭った。
 親しげな間柄であるようで、海は目を瞬く。ヴァンが男の名前を知っているなら、一先ずは安心だろう。そう解釈した海は体の力を抜いた。


―――グラ


「?」


 視界がグルグルと回り、海の体が傾く。本人は理解しきれずに首を傾げるが、その間でさえも着々と地面に近づいている。
 逸早く海の異常に気付いたヴァンが咄嗟に風を起こして海の倒れるスピードを遅らせ抱き留めた。未だに何が起こったのか分からず海はキョトンとヴァンを見上げる。もうその時には瞳は元の深緑の瞳へと戻っていた。


「魔力の使い過ぎだ」


 呆れた顔とは裏腹に労わるような手つきで艶のある黒髪を撫でる。ヴァンのその様子を観察していたエティンセルは目を瞠った。


(こんな穏やかな表情をする奴だったか?)


 作られたような顔立ちの、名知らぬ精霊に愛されし者を見やる。一目見た時は本当に人形のようだと思った。
 しかし対峙していると感情が豊からしく、コロコロと顔を変える海に交換を持った。刺すような強い金色に輝いた瞳には、快感だろうか、背中にゾクリとした物が走った。ああいう目をする奴は心底好きだとエティンセルは笑う。


(精霊に愛されし者のおかげ、か)

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