「逃してはくれませんか」
吐息すら聞こえないこの場で、その声はやけに響いた。俺は一度きりしか聞いたことのない、しかし忘れはしなかったあの声を耳に焼き付ける。恐ろしく頭の回転の速いこの者にとって、それは愚問だろう。
「分かっているのに問うか?」
「分からないふりをさせてはくれませんか」
静かな声音に、俺は笑う。
「答えは分かっているだろう」
諦めたように目を伏せるのが分かった。
「―――そうですね」
カタン、と椅子の音が響く。そしてそのまま俺の元へとやってきたこの者の目はすでに強い意志に光っていた。
「jokerは王の意のままに」
俺の前でなんの躊躇もなく跪いた目前の獲物を見下げる。この者は、否、jokerは何も分かってはいない。または分からないふりをしているのか。
恐らく後者だろう。手強い相手に、俺は口の端を吊り上げた。
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