20



 朝、咲はいつもと同じ時間に目が覚めた。昨日あんなことがあったのにも関わらず、体は規則正しく眠りから戻っていた。
 しかし昨日のあの出来事は夢ではないのだろうか。夢であってほしい。そうは思っても生々しい唇の感触を精細に思い出されてその願いは散ってしまう。
 寝癖のついた柔らかい髪をガシガシと無遠慮に掻き、漸くベッドから起き上がる。パジャマを脱いで顕れたのは程よく筋肉のついた肢体。線は細いが女らしい丸みのない、男の体である。近頃はデスクワークが続き、少し筋肉は落ちたがまだまだ現役だ。
 咲は手早くスーツに着替え、洗面所へと向かった。バシャバシャと豪快に冷水で顔を洗えば、スッキリと目が冴えた。洗面所の鏡に映る自分を見て、彼は眉をしかめる。


「…瘡蓋(かさぶた)が出来てる」


 昨夜噛まれた鎖骨の辺りに茶色い瘡蓋が出来ていた。そっと手を添えると小さな痛みが走る。
 やはり夢ではなかったのかと、再確認せずにはいられなかった。出来るならば夢だったと思い込みたいところだったのだが、こればかりは証拠が残っている。無碍には出来ない。
 この鬱々とした気分のまま出勤するのは些か気が引けたが、そうも言っていられない。今日も今日とてあの口五月蠅い名ばかりの上司に書類を提出しなければならないのだ。長い一日の始まりである。
 ふと洗面所にある時計を見ればあと15分で家を出なければならない時間になっていた。咲はとどめきれなかった溜息を吐き出して、水と一緒に流した後、髪を水に濡らした手で軽く梳いて寝癖を直した。
 玄米フレークを食べて、時計を見つつさっさと朝食を終わらせた咲は、鞄を掴んで引っ越したばかりでガランとした部屋を出た。

prev next

 



top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -