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 途端に咲は緊張の糸が切れて膝を地に付けた。呆然と先程までいた姿を探すかのように一点を見つめていると、風に乗って花の香りが鼻腔をつく。白藍から臭った、香水ではない自然のその香り。


「夢…じゃない、か」


 噛まれた鎖骨辺りに手を当てればピリリと痛む。血は既に止まっており、手を汚すことはなかった。
 夢という考えはいとも簡単に否定されたのである。それに、体は覚えている。触れた唇の冷たさと、あの熱い舌の感触を。
 キスが初めてというわけではない。咲は昔からモテる側の人間であった。常の物腰の柔らかさに加え誰にでも等しく特に女性には優しく、自身には厳しい。紳士的であるのに責任感が強いため一度仕事を課せられると迷いの無い強い眼差しで対峙する。
 そのギャップが人気なのだ。その上容貌も悪くないのだから、女性が放っておくわけがない。年下の女性は憧憬を抱き、年上の女性からは将来有望株として一目置かれている上に、子供に好かれやすく近所の奥様や上品な御婆様にまで幅広い人気がある。

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