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 頷きそうになるのを咲は必死に留める。藍色の瞳は真っ直ぐすぎて、その通りにしてしまいそうになる。
 毒のようだ、と咲は思った。毒のように甘く、それは容赦無く蝕むのだ、身も心も。


「あっ」


 スルリと頬から顎にかけたラインを撫ぜられて、咲は言い知れぬ感覚に体を震わせた。夢心地とはこのことだろうか、とぼんやりと咲は頭の隅で考えた。
 現実離れしすぎて心地良い。人間はだからこそ溺れてしまうのだ。変哲もない世界から抜け出そうと試みる。そこに妖しい手が伸びれば誰しもが手をとってしまうのだろう。
 今、咲はその窮地に立たされている。踏み外してしまう、愚かな人間。だからこそ、醜くも美しい。


「サク」


 物思いに耽っていた咲を嗜めるように白藍が名を呼んだ。ここで漸く彼に名前を教えたのは間違いだったと悟る。これほどの甘く低い声に自分の名前を呼ばれてしまえば、自分にとって不利だ。
 不可抗力だったとしても、名前を乗せた彼の声は咲を雁字搦めにする。

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