26
「―――雅様」
心地良い眠りを遮ったのは雅にとって随分と聞き慣れた低温ボイス。渋りながらも重い瞼をこじ開けると、案の定そこには千尋がいた。いつもと違うのは彼がスーツ姿であることだろうか。
早乙女本家、雅の実家では屋敷にいる客人以外全員が和服を着用している。決まり事というわけではないが、洋室の見当たらない屋敷内では洋服の方が浮いてしまうため、自然と和服を着るようになっている。それ故に雅は千尋の和服姿以外、滅多に見ることはない。
似合っているけれども違和感が残る千尋をぼんやりと見つめた。未だ夢と現実の狭間で眠気と戦っていることに気付いた千尋は苦笑いを零す。
「雅様、起きてください」
「…ちーくん?」
「はい」
焦点が合った雅は目を細めてへにゃりと笑う。彼は微笑んでそれに応じ、雅を起き上がらせた。
「兄さんは?」
寝る寸前まで見ていた人物を探してキョロ、と見回す。
「時雨様は仕事があるそうで、雅様が眠っていらっしゃる間に出て行きました」
「仕事?」
「はい。時雨様は風紀副委員長でいらっしゃいますので」
雅は僅かに目を丸くして「そうなんだ」とだけ答えた。時雨から何一つ聞かされていない雅は、緩く首を傾げた。
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