20
「―――雅っ」
「兄さん」
耳元で名前を呼ばれ、我に返る。時雨は雅を上から下まで見て顔を歪めた。
「どうして濡れているんだ?」
「あ…」
そういえば、と自身が着ているブレザーを見た。息吹に返すのを忘れていたと今更に気づく。
けれど湿ったままで返す訳にもいかないだろうし、どうせ洗わなければ返す事も出来ない。学校生活の中でブレザーは必要不可欠だ。
(出来るだけ、早く渡さなくちゃなあ)
トリップしていた雅を引き戻す為、時雨は腕を引き抱き寄せた。冷えきった体に眉根を寄せる。
雅の反応からして襲われた訳ではなさそうだからよしとしよう。時雨は内心で安堵して体を離した。そして代わりに手を絡める。所詮「恋人繋ぎ」である。
「…兄さん?」
「とりあえず先に寮に行こう。このままだと風邪をひいてしまう」
とてもじゃないが、こんな姿を誰かに見られては不味い。大きなブレザーのおかげで隠れてはいるものの、水に濡れて体に張り付いたシャツが雅の線の細さを強調してしまっている。受けの対象に見られてしまう可能性も多いにある。
表面的には冷静であるが、時雨は心中焦っていた。繋いだ手を離さぬよう握り締めて歩き出す。今日は何だか背中を見る事が多いな、などと時雨とは対照的に雅はのんびりと思考を巡らせた。
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