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「幸せになりたくないのか?」


 バンっと勢いよく開けられたドアに冬は振り向く。体を引き摺るようにして入ってきた人物を見て目を丸くした。「かりや」と冬の無音の言葉は吐息に混じり空気に溶けた。


「"白神冬"は幸せになりたくないのか?」


 静かに問う。冬の本音を暴く為、ゆっくりと発音した。


「僕は…」
「白神。俺はお前の心が知りたい」


 明は松葉杖に体を預けて冬の目の前に立った。大きな瞳が明を映し出す。幻覚を見ているかのような危うい焦点で、冬は震える口を小さく開けた。


「………たぃ」


 弱く小さな声が冬の口から発せられる。


「幸せに、なりたい」


 二度目も小さな声ではあったが、ハッキリと聞き取れた。それを切欠に想いが溢れ出す。


「幸せになりたい。ごめん、ごめんね、雪。許されないかもしれないけど、僕は…僕は」


 漸く焦点の合った瞳が再び明を映し出す。そこに映った彼は杖を離し、両手を大きく広げた。


「―――狩矢と、幸せになりたい」


 明の鼻腔を甘い香りが擽る。勢いよく、だが明を気遣い傷口が痛まない程度に愛しい人が飛び込んできた。
 その遠慮も、全部いらない。そういう意味を込めて腕の中の脆い存在を力強く抱き締める。空中でさまよっていた冬の細い手も、戸惑いつつ明の腰に回された。


「…ふゆ」
「!」


 初めて名前で呼ばれ、冬は動揺に体を揺らす。しかし明は気にせずに抱き締める腕の力を更に強めた。


「ふゆ、ふゆ、冬」


 何度も何度も。愛でるような、切実に願うような声音が名前を呼ぶ。

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