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「―――会えない、か」


 冬は自分の紅い唇に触れた。沈みそうになる心に苦く顔を歪ませて笑う。
 寮の自室はガランとしていて物一つ無い。全て整理して宅配で家に送ってしまった。
 室内を一瞥して部屋を出た。オートロックなので鍵を閉める必要も無い。後ろを振り向かずに理事長へと足を進めた。


「失礼します」
「いらっしゃい、冬君」


 目前の整った顔をした年齢不詳の理事長に冬はカードを手渡した。そのカードはこの学園で過ごす為には必要不可欠なものである。
 生徒証明書であり、カードキーであり、財布でもある。そんなカードを手放すという事は自主退学と同意義だ。理事長は困ったような顔ををして手渡されたそれを見やる。


「理由は?」
「目的を果たしたからです。犯人を見つけるという目的を」


 冬がこの学園に入った理由は一つだけだった。犯人は北家の人間である事をとうの昔に知っていた。
 昨日翠里に謝罪されたが、その内容は自らの意思で身内だけに言って囮として此処にやって来たのである。
 理事長も内情を知っている内の独りで、白神家の遠い親戚に当たる。理事長は翠里からの連絡を受けていた為全てを知っていたが、冬にそれを言ってはいなかった。
 その罪悪感もあるのか、どうしたって強くは言えない。それに地位から言えば冬の方が断然高いのだ。引き止める事も出来ない理事長は小さく嘆息した。

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