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「トラ、離せ」
目を細めて俺がそう言うと、トラは不機嫌なのを感じ取ったらしく大人しく離してくれた。それでも隣に立って他を牽制する様子に息を吐く。番犬だなんて可愛いものではなく、容赦無く噛み殺す百獣の王。いつの間にか懐かれた俺にとって邪魔とまではいかないが、もう少し抑えてほしいとも思う。一体俺の何が気に入ったのか分からない。
「レイ」
「何?」
振り向けば険しい顔がそこにあった。迫力がありすぎて威圧感が半端無い。が、そんなものに怯むような俺でもない。
「アイツに付き纏われているとは本当か?」
「アイツ?」
「テンコウセイ」
心底嫌悪した表情で言うトラ。うん、気持ちは分かるとも。
「まあな。だが今はクラスメイトや教師が協力してくれて何とか逃れてる」
「そうか」
俺の言葉を聞いて僅かに頬を緩ませた。どうやら心配されていたようだ。
良いやつらに囲まれて俺は幸せものだ。しかし甘やかされている気もする。曲がりなりにも俺は男だし、花や蝶やと女の子のような扱いは非常に不本意だ。だからといって好意や心配を蔑ろにするわけにはいかないのだから難しい。とりあえず迷惑をかけない程度に一人で動いてみるか。
「レイ」
「ん?」
「また変なこと考えているだろう」
「別に考えてないけど?」
目を鋭く眇めて俺を見てくるトラ。図星を突かれて内心ギクリとするが、表面上には出さずに惚けてみせる。
「………」
「………」
「…まぁ良い」
先に視線を逸らしたのは向こうだった。俺はバレないように安堵の息を漏らす。トラは野生の勘があるから侮れない。普段一緒に居るのには何の苦もないが、嘘をつく時は一番厄介な相手だ。
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