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「行くか」
「あの、先輩」
「なんだ」
「これじゃないと駄目ですか?」


 横抱きは嫌だと意思表示してみたのだが。


「なんだ、俵担ぎが良かったか?」
「腹に肩が当たりますそれ!このままでいいですこのままでお願いします」


 クツクツと笑う雷先輩にようやくからかわれたのだと気づいた俺は睨んだ。


「それより、格闘技やっていたんだな」
「まあ」


 かわされた気がしないでもないが、とりあえず返事を返す。


「何をしてたんだ?」
「…カポエラを」
「カポエラ…聞いたことはないな」
「マイナーですからね」


 聞いたことがある人さえ珍しい。


「どうして始めたんだ?」
「…えっと、」


 思わず答えに窮する。理由が理由だからだ。
 冒頭の方で言ったのだが、覚えているだろうか。姉と幼馴染が「腐女子」であることを。カポエラを習いだしたのは彼女たちの陰謀というかなんというか。俺がこの全寮制王道学園に入学することは悲しいことに決定事項だった。
 だが、自他共にブラコンな姉と、同じく俺を溺愛してくる幼馴染は言った。「萌えは必要だけど、怜那を危ない目には遭わせたくない」と。そう思うのなら俺をこの学園に入れるなと思うのだが。
 まあ、そういうわけで強制的に習わされたのだ。強姦だけはされるな、と。
自分の身は自分で守れ、と。確か俺が小3の頃の出来事だ。単純に計算して9年目か。習い始めは彼女らの企みなど知る由もなかった。あの頃の純粋な俺は何処へ。


「おい?」
「ああ、すみません。何故カポエラを始めたのか、でしたよね」


 どう答えるべきだろうか。身内の恥は流石に言えるものでもないし。


「俺は良くも悪くも平凡ですから、不良に絡まれたりした時にに対処出来るように、と姉に勧められて」
「そうか」


 苦笑する雷先輩につられて俺も苦笑を零す。誤魔化したのは良いが、あっさり納得されるとそれはそれで悲しいものだ。あながち間違いでも無いしな。


「カポエラとはどんなものだ」
「格闘技とダンスを混ぜたようなものですね」
「ダンス?」
「はい。基本的に攻撃は蹴りですけど」
「へぇ。一度見てみたいな」
「また機会があれば」


 丁度部屋に着いたので、横抱きの体勢からカードキーを出そうとするが止められた。不思議に思って雷先輩を見たが、何食わぬ顔でドアを開けた。


「え」
「俺は風紀委員長だからな」


 ニヤリと笑む雷先輩にその理由を思い当たった。


「マスターキーですか」
「正解。理事長室以外は開く」


 便利だな、と呑気に考えながら部屋へと入った。

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