10 消毒液と白衣



◇◇◇


 平和な毎日の最後となったあの日から一ヶ月が経った。案の定編入生は俺と同じクラスで、小説そのままだった。
 案内しに来た副会長の愛想笑いを見破り気に入られ、同室だったらしい一匹狼をオトし、食堂にやってきた会長に蹴りを入れて気に入られ、双子の会計を見分けて、無口な書記の言いたいことが分かってなつかれた。
 うん、もうどうしたらいい?
しかも俺はその厄介なKYに気に入られた(あれか、姉や幼馴染が言う「巻き込まれ平凡」ってやつか。そんなものに俺はなりたくなかった)。そのせいで取り巻きの美形たちに睨まれる睨まれる。
 別に痛くも痒くもないのだが、KYが見ていないところで殴られるのは勘弁してほしい。しかも腹とか見えないところに。いらないところで賢くなりやがって。
 日に日に増えていく身体の痣は保健医に手当てしてもらっている。今も手当てをしてもらっているところだ。


「怜那君、本当に大丈夫?」


 「痛くない?」と心配そうに見てくる見た目チャラ男は保健医の森永政人。チャラ男なのは見た目だけで良い先生だ。今も俺のために泣きそうになっている。


「平気ですよ」


 痛くないわけではないけれど。そう心の中で呟きながら笑ってみせる。


「でも、そろそろ言った方が良いよ」


 誰かに言ったらそれはそれで森永先生が忙しくなりそうだ。血の気が多い奴が俺の周りには多いから、恐らくこのことを知ったらキレて暴れ回るであろうことは安易に予想出来る。


「大丈夫ですよ」
「でも」
「森永先生」


 まだ続けようと口を開くのを遮る。


「こうやって、俺なんかのために泣いてくれる人がいるから大丈夫なんですよ」


 いつしか森永先生の整った顔を濡らし始めた涙を手で拭う。手が濡れるのを感じながら、微笑みかけた。


「ずるい」


 赤く染まった頬を膨らまし、ムっとした声でそう言われる。


「そんな事言われたら俺何も言えない」
「あはは」
「怜那君分かって言ってるでしょう」


 ジロリと睨まれる。けど、そんなの今の森永先生の状態ではなんともない。それどころか、可愛く見える。男が男に可愛いだなんて言われたくないだろうから黙っておくけれど。

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