異国の地



キングスクロス駅9と3/4線。レンガ造りの壁を通り抜けないと入れないその場所に、二人の東洋人がいた。
 和装の良く似合う二人は、別れを惜しみ我が子の成長を誇らしく思うこの空間で浮いており、こそこそと周りが視線をやったり一体何者なのかを話したりしている。
 それに気づかぬはずもない二人は、互いに視線を見合わせた。

「居心地が悪いわね、早く列車に乗ってしまいましょう。ダンブルドア先生曰く個室になってるそうだし……知らない方々と乗るのはちょっと嫌だわ」
「そうですねレイ様。ではお足元にお気をつけくださいまし、私見ての通り両手が塞がっておりますが故」
「えぇ分かっているわ、私の荷物汚さないでね」
「かしこまりました」

 少女、レイ・カナタは後ろに控えるキキョウ・カンザキにトランクを預けて列車へと乗り込む。それにキキョウも続き、すぐに空いているコンパートメントを見つけることに成功した。
 早速部屋へと入り、椅子へと座る。しっかりした造りだがふわふわとしていて、長時間の移動にも耐えられそうだ。
 一方カイリはトランクをしまい込み、レイの向かい側へと座った。二人は既にやや疲れた顔をしているのだが、それも当然だ。彼らは前日に遠く離れた日本からダイアゴン横丁へと赴き、買い物を全て終えたばかりだからだ。

「ダイアゴン横丁があそこまで賑わっているとは予想外だったわね、どうしてお義父様は教えて下さらなかったのかしら」
「旦那様の時は、杖職人などを直接屋敷に招いて準備されたのでご存じなかったのかと」
「まぁ!じゃあお母様もダイアゴン横丁を見た事がないの!?勿体ないわ、体が弱いとはいえ一見の価値が十分にある場所なのに……」
「ご当主様は当時から御身体の弱い方でしたから、恐らく旦那様が配慮したのだと思います。レイ様がダイアゴン横丁の様子をお伝えすれば、きっとご当主様も御喜びになるとキキョウは思います」
「そうね、そうするわ。これからもダイアゴン横丁へ行く機会はあるし、次行った時は写真でも見せようかしら」

 お母様とお義父様、そして記憶にはいない本物のお父様が通ったと言われるホグワーツ魔法学校。そこに通える日を私はどれほど楽しみにしていたか。無理言って前日にロンドンに来る手筈をつけて正解だったな、と夏休みの私を褒めたい気分だ。

 しばらく本を読んでいると、列車が出発する。マホウトコロは燕や自ら作った式神などに乗って離島にある校舎へと向かうため、列車に乗って移動だなんて非魔法族のようで面白い。きっとこれを考えた人はユーモアある人なのだろう。

 列車が出発し数時間が経つと、車内販売の女性がコンパートメントの扉を開けた。カートには目いっぱいのお菓子が積まれていて、日本で生まれ育ったレイには真新しいものばかりだ。普段大人びた顔つきをしている落ち着いた彼女も、まだ年頃な女の子。お菓子の山に黒曜石の瞳をキラキラさせて眺めている。

「まぁ素敵!おすすめはあるかしら?私この中だとハナハッカキャンディーしか知らないの」
「人気なのはカボチャパイだよ、御一ついかが?」
「じゃあそれも一つ」
「まいど」

 キキョウがお金を払えば、販売員はおつりと一緒にパイとキャンディーを渡して去っていく。目の前に並ぶお菓子はどちらも美味しそうだ、ハナハッカキャンディーは以前イギリスからの客が持っていた物を貰ったことがあるが甘くておいしかった。カボチャパイは見た目から美味しそうだし、甘い匂いも素晴らしい。
 確かに人気商品というだけはある、もしかしたらイギリス魔法界の子ども達にとっては定番のお菓子なのかもしれない。今度日本にも持ち帰りたいほどだ。

「カボチャパイ美味しいわね、家でも食べたいわ」
「左様ですね。厨房の担当に伝えておきすか?」
「うーんそこまで急ぎじゃなくていいわ。帰る頃にはこの味にも慣れてるはずだもの」

 むしろ日本食が恋しくなってるかも、と伝えるとそれもそうだとキキョウも賛同した。
 一通り食べ終わると、コンパートメントがノックされる。窓の向こうには金髪の男の子がちらりと見え、キキョウが少し警戒しながら扉を開ける。

「東洋の人間がいると聞いてきたんだが、お前達の事か?」
「失礼ですが、貴方は?お嬢様との面識のない方は入れる事が出来ません」
「……なんだこいつ?おい、お前の召使か何かか?どかしてくれ」

 入ってこようとした金髪の男の子の前にキキョウが立ちふさがると、心底不快そうに私を見た。私が指示したと思っているらしい、まぁそうとられても仕方ない。
 それにしても初対面のくせに偉そうな人だ。イギリス人はそもそも高飛車だと聞いていたが、典型的なイギリス人なのかもしれない。身なりからして育ちも良さそうだ。

「失礼。キキョウ、おやめになって」
「ですが、見知らぬ殿方と仲良くされては私めが旦那様に叱られます」
「言わなきゃバレないわよ。それに学校生活で男性と話さないなんて出来る訳ないでしょう?ミスターに失礼よ」

 不服そうにキキョウが扉の前から私の横へ移動すると、金髪の男の子は私の真正面に堂々と座った。御付きらしき太っている男の子二人組は入口に立ったままだ。

「それで、ミスターはどんな御用ですか?」
「ドラコ・マルフォイだ、君の名前は?」
「私は東洋の島国日本から来ました、レイ・カナタと申しますわ。これは私の従者キキョウ・カンザキ」

「ふぅん、純血の一族か?」
「えぇまぁそうですわね。どちらも純血ですわ、それが何か?」

 奏多は日本きっての純血一族であり、神崎一族をはじめとしたさまざまな純血一族と血縁関係がある。地球の反対側にあるイギリスにわが一族の名前が知り渡っているとはそもそも想定していないので答えると、目の前のマルフォイとやらは嬉しそうに笑った。

「なんだ、やっぱり僕の予想通り純血だったな」
「……と、言いますと?」
「あぁいや、こちらの話だ。マルフォイ家も純血の一族でね、僕達はいい友人になれると思うんだがどう思う?」

 高飛車な男の子は、私の家柄を聞いて安心したらしく手を差し伸べてきた。入ってきた時とはえらい違いだが、純血一族のこういった態度は日本もイギリスも大して変わらないらしい。
 ちらりとキキョウを見ると、困った顔をしている。私よりイギリス魔法界について勉強してきたようだからマルフォイについても知っているのだろう。私も勉強しておけばよかった。完全にお義父様に怒られるから仲良くして欲しくないが、マルフォイと聞いては無視できない……といった顔だ。長年の付き合いで分かってしまった。

「えぇと、よろしくお願いします。ミスターマルフォイ」
「ドラコでいい。よろしく、レイ」

 握手に応じると、優しく握り返される。彼の家については学校で調べよう、どうせ自分から名乗るくらい自信のある家柄なのだから生徒は知ってるはずだし、純血なら先祖が歴史の本に載っているはずだ。
 ドラコは次に太っている二人の御付きを紹介してくれた。クラッブとゴイルと言って、彼らもまた純血一族の子息らしい。よろしく、と挨拶されたが視線は窓辺に置きっぱなしのお菓子に注がれていた。食いしん坊なのだろうと思い、ハナハッカキャンディーを数個三人に渡した。
 軽く話を聞くと、彼らと私は同い年らしい。留学生なのだと伝えると驚いていたが、ドラコは「確かに昔は色んな学校との交流があったと父上もおっしゃっていたから不思議ではない」と言っていた。きっと彼は歴史について勉強しているのだろう。

「そろそろホグワーツに着く、着替えをした方がいい」
「あら、もうそんな時間なのね。ありがとう」
「いやいいんだ。……レイ、君達は寮はもう決まっているのか?」

 扉に手をかけたドラコは、そういえばと寮について口にした。ダンブルドア先生から4つの寮の特徴は聞いていたし、組み分け方法も聞いている。きっとドラコは……いえ、絶対スリザリンだ。狡猾そうだし、純血主義が多いと聞いたし。

「いいえまだなの。多分新入生達と一緒にやるんだと思うわ」
「そうか、スリザリンに来ることを願っているよ。グリフィンドールはやめておいた方がいいね、野蛮な連中だから」

 ドラコがそう言うとクラッブ達もケラケラと笑った。両親がグリフィンドールの身としてはグリフィンドールの可能性が高いんだけど……と思ったが、言ったらきっと舐められるので帽子が決めるまでは黙っておこう。

「そうなのね、同じ寮になれる事を願ってるわ」
「あぁそうだな。じゃあまた学校で」

 3人の在学生がいなくなると、キキョウと私はどちらともなくため息を吐いた。何事もなく終わってよかったと互いに思った。ホグワーツに着く前からこれとは、今後の私達が不安で仕方ない。

「ではレイ様、先に御着替え下さい。着方はわかりますね?」
「大丈夫よ。昨日練習もしたもの、じゃあ少し待ってなさい」
「かしこまりました、では失礼いたします。何かあったらお声掛けを」

 お辞儀をしてコンパートメントを出て行ったキキョウを見送ってから、トランクを開けて制服を取り出す。前日に仕立ててもらった私のサイズにぴったりの制服は私が初めて着る洋服だ。
 着替えながら窓をちらりと見ると、非魔法族の使っている車というやつが空を飛んでいたような気がして、二度見する。しかし私の見間違いだったようだ。どの国でも非魔法族に魔法の存在を知られるのは違法だし、当たり前だ。



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